フェミニストの被害者ごっこ。

  28, 2017 11:01
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まず、ゲイも話をややこしくしてしまいやすいのです。

「BLに影響された女性が新宿二丁目まで来るから困る」という話なのに「ホモ田ホモ男というテレビキャラクターも許せん!」と話題を広げてしまう。

テレビ番組の制作現場は男性中心社会ですから、それでは女性だけが社会性がないという話なのか、ストレート男性が女性に影響を与えているという話なのか、一般論として非当事者がステレオタイプを利用するのは良くないという話なのか、はっきりしなくなります。

もし「女性はストレート男性に影響されている・テレビに洗脳されている」と言いたいのであれば、フェミニストに対して「きみらは男性中心社会に物申すとか言ってるくせに、自分自身がストレート男性の価値観に従属してるじゃないか。自己批判できてないじゃないか」と言ってやって、一本取ることができます。

けれども、ステレオタイプを利用するのは良くないという一般論にしてしまえば、逆にフェミニストのほうから「お前らこそパパママごっこするなよ。ママが飯を炊く役だなんて決まってないよ。お前らが勝手にそう思い込んでるだけだろ」と言えてしまうのです。

これに対して、ゲイ側は「いや、そういう男女ごっこする奴らばかりじゃないよ。少なくとも俺はしないよ」と言い返すことができます。

すると女性側は「私たちだって新宿二丁目まで行っちゃう人ばかりじゃありませんよ。ほとんどの読者は地方在住で、漫画や小説を読むことだけで満足してるんですよ」と言い返すことができます。

このへんで「じゃあいいよ」で話が終わっちゃうのです。お互いさまってことで。

結局のところ、実際の被害はなくならない。ここでもう一つ問題が見えてきます。

じつはフェミニスト側が「ゲイは男なんだから自分で対処しろよ。女にからかわれて泣き寝入りしてるようじゃみっともない」と思っている可能性という。

フェミニストが、必ずしも社会的弱者の味方になってやるわけではない。「ゲイに対して、そんな問題を起こす女性もいるんですか。分かりました、私たちでなんとかします」と責任を持つことができない。

フェミは、ゲイに対して弱者の連帯だの、女性に協力しろだのと言えた義理ではないのです。

ストレートもゲイもひっくるめて、男性=加害者=強者 vs. 女性=被害者=弱者という対立の構図に落とし、自分自身を一方的被害者に位置づけて、特権を請求し続けるという戦法。

これは、まさに日本的「甘えの構造」なのです。

おそらく、これは海外へ持っていくと通用しないのです。かつて「やおい学会」などといって、フェミニズム批評的BL論を海外へ持ち出し、海外フェミニストとの連帯を考えた人々もあったようですが、その後あんまり聞きません。

当方が指摘するほどのことは、海外研究者なら、もっと鋭く突いてくるのでしょう。


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