おとなは論点をすり替える。~下駄箱掃除のインセンティブ

  28, 2017 11:04
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ツイッターの歴史的にはずいぶん昔の話でしょうが、男子中学生(当時)が「学校の下駄箱掃除を生徒みんなが喜んでやるようになるインセンティブはないだろうか」と問いかけたことがありました。

彼は「自分たちで掃除する」前提で、おとなの知恵を拝借したかったのです。

ごほうびを出せばいいのか? 効果的な声かけはあるのか? 企業経営者なら社員のやる気を引き出したい時どうするのか? スポーツ指導者なら? 

でも、おとなアカウントは一斉に「自分が掃除したくないからそんなこと言うんでしょ」と反応しました。冤罪です。中学生が「インセンティブ」なんて言葉を使ったのが生意気に感じられたのかもしれません。これが、おとな社会の実態。

どこかの学級でイジメが起きたと聞けば校長の責任を追及して炎上したがるくせに、相手が年下だと思うと自分がイジメる。

常日頃は「子どもの声に耳を傾けて」とか「おなじ目線で」とか言ってるくせに、いざとなると一緒に考えてやろうとせず、中学生のくせに生意気よというわけです。

【自分は正しいという思い込み】

論点のすり替えが起きる原因は、すり替えてしまった人が自分の勘違いに気づかないからです。

その背景にあるのは「子どもは手伝いをいやがるに決まってる」という先入観。だって私もそうだったもんという自己中心主義。その根幹にあるのは「自分は絶対に間違えない」という自己過信です。

人格の根幹で自分を信じていること(自尊感情)は大事なんですが、それを優先しすぎてしまうと、発言の前に踏みとどまって「自分はいま何を言おうとしているのか?」と考える習慣が育たないのです。

自分は正しいと思い込んでいるから、足元も見ずに突っ走る。玄関先で転ぶお約束。

逆に言うと「自分は正しい」と自慢したいのです。自慢する人には劣等感があるのです。真実はいつもひとつ。

自分自身がいやな仕事に疲れ、生活に不満があって、将来が不安だからこそ「自分は正しい」と感じ、自尊感情を補填したいのです。

だから何かにつけて「怒りの感情」を捏造し、「中学生のくせに生意気よ」と思ってしまう。人間って便利にできてるのです。だからこそ自分自身の手綱取りが必要です。

自分自身の子どもに対して、職場で、ご町内で、SNSで、無根拠な怒りを燃え上がらせ、冤罪を再発させてしまうことのないように気をつけましょう。(情けは人の為ならずです)


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