その二次創作同人活動は、他人が試行錯誤した後に便乗しただけです。

  29, 2017 11:01
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アニパロというものは、その成立当初は家庭用ビデオデッキが普及しきっていない時代だったので、熱心なオンタイム視聴者から生じた以外にはあり得ません。

キャラクターの服装などの設定資料を参考にして描こうにも、まだ『アニメージュ』などの情報誌も無かったのです。成立当初の「ジャンル」はテレビオリジナル。原作漫画を参考にするということはできません。

アニメ制作現場で実際に使用されている設定資料を入手できたというなら、もともとファンクラブ会員だった人です。つまり、アニメファンとして会費を納め、会報としての合同誌に寄稿していた人です。

それにはファンクラブ代表が制作現場を見学したときの報告や、声優インタビューなども載っていました。というか、本来そういうものでした。

1970年代の間にそういう熱心なアニメファンが増えたので、1980年代に入ってから、出版社が彼(女)ら向けの雑誌を市販することにしたのです。

【過激化は後から起きた現象】

1990年代の社会学者が議論の前提にしていた「年端もいかない少女たちが山も落ちもない(今でいう)二次創作に夢中になっている」という同人像・BL観は、1983年頃から実際にそういう同人・読者が徐々に増えていったことによって、1985年以降に成立したステレオタイプです。

年端も行かない人々が「私もやってみよう」と思う前提を築き上げたのは、もちろん少し年上の人々です。

彼(女)たちが活躍した1976~1982年頃の「ジャンル」は、上記の通り、テレビオリジナル。原作漫画は存在しません。著作権者は個人プロデューサーまたはテレビ局の代表です。原作漫画家や連載誌の編集部が大目に見てくれるなどという事態はあり得ません。

当時の二次創作が、その原作(=アニメ)を必ずしも無視していたわけでもなければ過激なものだったわけでもないことを知ってる人は知っています。

過激化したのは、1983年以降に出展者が急増したので、競争が過激化したから、表現も過激化したのです。

当時は、13歳以上に達して「親に連れられて遊園地」という年頃でもなくなった青年層のための娯楽が少なかったので、それが関心を引きつけたのです。ちょうど第二次ベビーブームに至る多子世代の成長期。しかも漫画ではなく小説としての二次創作が成立していたので、画力がなくても、画像的な(髪形・服装などの)設定資料がなくても、出展者になることができたのです。

つまり、アニメファンではない人が得手勝手な二次創作小説を書いても大勢の客が来て、よく売れるという状況が成立したのです。

したがいまして「私の同人誌は最初から金目で原作なんか無視してエロ小説ばかり書いて出展していたんだよ」と変な自慢する人は、自分自身が成立期の試行錯誤を経験していないだけです。

他人によって技法が整理され、これなら確実というパターンが確立した後で、それに乗っかることに決めただけです。

いわば、井戸掘りの苦労をせずに、井戸が完成してから水だけ汲みに来て「女の子の自由よ」とか言っていたのです。

そういう人が「二次創作は最初から金目だから政府が保護してくれるのが当たり前じゃん」というなら、たんに自分を正当化したいだけです。自分自身が「売っていいことになっていたから売っていた」という認識なので、それを許してもらいたいのです。けれども、根本的に考えなおすと、話がおかしいのです。

【現代の権利問題を理解しましょう】

全員が金目なら、売れないことにしてしまえば、もう即売型同人は誰も二次を出展しなくなるということです。「無料公開しても意味がない」と考える人々からは、二度と二次創作が発生しない。

原作者もテレビ局もゲーム会社も一般読者も政府もひと安心。堂々と同人誌即売会を続けてくださいと言ってやることができます。

同人自身が「読者だってエロが目当てなだけで、誰も原作重視なんて言う子はいなかったよ」と証言するのであれば尚更です。オリジナル作品で充分だということです。

それを青少年健全育成または公序良俗意識によって取り締まらないでもらいたいというだけのことですから、話がシンプルになります。

これは「実際にそうしましょう」という呼びかけではありません。当方が問題視しているのは、わざわざクレームしに来て、言えば言うほど現役の不利になる証言をする「もと同人」の人間性です。ひじょうに考えが浅いばかりでなく、過去の自分自身だけを正当化したいという目的が明らかですね。

実際には、昔も今も、多くのイベント参加者がキャラクターを共有することそのものを楽しんでいると言えるでしょう。コスプレだって非営利です。「萌えるゴミ」と称して、実際にゴミ箱の所在を知らせるポスターに可愛いイラストを添えることだって非営利です。

そういうジョーク・そういう仲間意識を楽しんでいる。それによって食って行くことも可能なら、探しても就職口がないという世の中で路頭に迷わなくて済む。

根本にあるのは出展者と読者とコスプレイヤーがキャラクターを共有する楽しみです。べつにそんなもの無くてもいいというなら、オリジナルで勝負しろという話になるだけです。

じつは、同人オリジナル作品の人気が出たら、そのコスプレということもあり得るのですから、べつにアニメでなくてもいいという理屈も成り立ってしまうのです。

つまり、同人自身が「ただのなんとか」という証言をすればするほど不利です。それが分からない人は、よく考えないうちから口を出してしまう人です。つまり迷惑な人です。

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