二次創作BL同人活動を正当化したい人の本音と真実。

  27, 2017 11:04
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二次創作BL同人の世界は、関係者の多くが独身女性なので「未婚者は可哀想」と言われる確率が低いです。

若い人から「その歳で?」と言われる可能性はありますが、いまや中年参加者も大勢いるので、おなじ悔しさを共有することもできます。

逆に考えれば、数十年前には「同人やっていた」と称する人が、現在の職場について愚痴を言う場合には「同人やっていればよかった」という意味になります。それが「他人のせいで売れなくなった」という言い訳をともなっている場合、総合すると、こうなります。

「私が『未婚者は可哀想』と言われるような面白くない職場にいるのは、同人誌が売れなくなったせいである。同人誌が売れなくなったのは、M事件と、それに続くコミック有害図書指定運動によるものだから不可抗力である。Mさえいなければ私の同人誌は今でも売れていたのである。派遣になって、こんな会社に来る必要なかったのである」

根本にあるのは、現在の職場における対人関係問題です。それを自分自身として対処することができないので、過去にさかのぼって原因探しということに逃避しているのです。

けれども、他人のせいで売れなくなったということは、自分の実力不足ではなかったという意味ですから、いつでも再挑戦すればいいのです。自信があるなら、必ずまた売れるはずです。

それをしない人の本音は「二度と同人やるもんか。だまされた」です。だからこそ「でも、あのとき私が同人やってみようと思ったことは正しかった。だって売れたんだもん」という自己正当化を必要とするのです。

売れたといえば許されると思ってしまう。カネが倫理の基準。まさにバブル時代。

それを言いたいもんだから、他人が1970年代のプロ作品の話をしているところへ首をつっこんで「1980年代の同人にも注目しろ」なんて注文つけるのです。

けれども、同人やめてしまったことは自己責任です。なぜなら、M事件が起きようが、コミック有害図書指定運動が起きようが、バブルが崩壊しようが、リーマンショックが起きようが、いわゆるジャンルを乗り換えたり、オリジナルとの二足わらじを履いたりしながら生き延びて出展を続ける中年が(男女を問わず)大勢いるからです。

一回の挫折で投げ出してしまった人が、そのような傷だらけのヴェテランたちから仲間と見なされないのは当然です。

【言い訳するから負け犬になる】

二十年間再挑戦しなかったということは、「また売れなかった」というリスクを取ることを避けて、自由気ままな一人暮らしを続けてきたというに過ぎません。

それを「母親がトラウマになっているから結婚できなかった」と言えば、ほんとうは結婚したかったという意味ですから、自由意志で独身を貫いた誇り高き女性ではなく、負け犬認定になってしまいます。

しかも自分だけ「母親が」と言い訳するということは、自分だけ特別に同情してもらいたいということですから、ほんとうに何のトラウマもなく、出会いがなかったという女性たちから見て、仲間ではないということになります。

同人の世界からも、負け犬自認者の世界からも孤立してしまえば、ゲイコミュニティに依存する他なくなるのかもしれませんが、彼らは結婚したい人々です。

彼らがほんとうに生涯の伴侶を見つけるために婚活パーティーを開くというとき、あなたには見物する資格はありません。あなたはたんなる部外者です。

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