同人にも著作者人格権があります。

  30, 2017 11:01
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じつは、同人にも著作者人格権があります。

同人の意志によって限定公開を意図したもの(販路を同人誌即売会に限ったもの)を、他人が同人の許可なく一般公開してしまうことは憲法違反・法律違反です。

つまりPTAが(若い人を使って)同人誌即売会で頒布されているものを入手し、勝手に記者会見などを開いて「こういうものが売られています!」と暴露してしまうことは、その人自身が法律違反です。

また郵送で通販されるものを開封・点検することは、私信の検閲に当たります。

「児童虐待を誘発する恐れがあるものは著作者人格権保持者の同意なく強制捜査できる」という法律を通さないかぎり、そういう暴露・検閲はできません。だからこそ、つい最近その件で大騒ぎしたのです。

が、そのような法律が通れば尚のこと、それは警察の仕事であって、PTAが勝手に私刑を執行してよいことではありません。

元来、そのような「表現の自由」というのは「反政府運動を政府が取り締まってはいけない」という、端的には社会主義運動家が自己防衛のために戦後憲法に入れた措置ですが、その陰で成長したのが戦後の性的表現です。

だからこそ、澁澤龍彦の裁判は「反社会的かどうか」が争点とされたのです。

そんな憲法ごと廃棄するか、憲法と矛盾する新しい法律を制定・施行するか? この議論を済ませてからでなければ、同人誌の検閲ということはできません。

だからこそ、同人誌とは過激なものだという偏見も成立したのです。

つまり「検閲されない。編集チェックもない」という安心感があったから、どんどん過激化したのです。逆にいえば「同人誌だからといって過激でなくてもよい」のです。

検閲も編集チェックもないから、いくらでもロマンチックに純愛路線を描けるという考え方もできるのです。とくに市販BLが編集者の「女性向けポルノ」という偏見に基づいている場合には、同人だからこそ純愛という考え方もできるのです。

だから同人誌の規制という話が出たときは「同人誌ってゆぅのはみんなエロいに決まってるから規制しちゃダメだよ!」ではありません。

「同人誌がどんな表現でも規制してはいけません」です。

「同人誌にはいろいろな表現があり得ます。過激と純愛を両方描く人・両方買って帰る人もいます。ひとつの物語の中で純愛を貫くカップルと激しい行為の喜びを共有するカップルを描いて対比させるということもあり得ます。第三者が『それはいいが、これはダメ。半分切り取って置いて帰りなさい』とチェックすることではありません」です。

すなわち、検閲反対です。

(なお、そういうわけなので「PTAによる有害図書指定によって同人誌が売れなくなった」という人がいたら、嘘です)

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