「いまの職場には二次創作BLの話ができる人がいないから寂しい」と言えばいいのです。

  30, 2017 11:03
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1970年代の話をしていたら「1982年頃の『花とゆめ』の話をしろ」と注文つけて来た人があったんですよ。だから川原泉と山口美由紀がデビューした頃ですねって申しました。

インターネット上ですから、全国数十万(数百万かもしれない)花ゆめ読者の誰が聞いても納得できる話をするのが筋です。

すると「でも私の仲間はみんな羽根くんに期待していたよ!?」って。なんか怒ってるのです。お兄ちゃんが妹の恋を応援するという少女漫画にBL化してほしかった人が何人か存在したらしいです。

けれども当方はその人の中学時代のオトモダチではございませんので、そんな話は知らんです。関係ないです。

これが後々までしつこく絡んで来た挙句に「私は県庁所在地のイベントに行ったことがあるから都会的なんだよ!」って言っちまったわけでございまして、そこから考えると、あれです。

中学時代には、即売会で入手した同人誌を同級生に見せびらかすと人気者になれたのでしょう。「すご~~い! こんなの売ってるんだ!? 私も連れてって~~」とかね。

ついでに市販雑誌も廻し読みして勝手にBL展開を期待しながら「ヤバイ、ヤバイ」とか言って面白がっていたのです。ポテチとか食いながら。それはそれで構わんですけれども。

他人の話に触発されて、そういう若い頃を思い出してしまったなら、たんに自分のアカウントとして「私の中学時代は羽根くんに夢中でした」って言えばいいのです。

「私もです」と話しかけてくれる人があるかもしれないし、フォロワーさんが急に増えるかもしれません。新クラスタ成立です。

なにも、違う話をしている人のところへ喧嘩を売りに来なくていいのです。

【今の職場がつまらない】

青春の思い出を共有できる仲間がいるなら、そっちで楽しくやっていればいいわけですが、現在では当時の仲間と交流がないわけです。

現在の職場では「ガールズトーク」と言いつつ成人男女の性的体験の自慢ばかりが豊富で、それにはついて行けない。でもBLの話題だったら過激でも大丈夫。

そういう自認の人が、二十四年組の話を小耳にはさんだので「それって『やおい』でしょ!? だったら、あんた私の仲間でしょ!?」って思い込んじゃったのです。

だから、こちらは最初から「プロとパロを区別しる!」という話をしてるのです。そのために「少女キャラクターも活躍する。額縁構造の長篇である(山なし落ちなしとはレベルが違う)」など明確な差異を例示しているのです。

「でも私の同人誌の客は少女なんか興味なかったよ! みんなエロ目当てだったよ!」とか言われても知らんです。もともと同人誌の話はしてないです。

同人誌が(1980年代以降は)そういうものになっちまったんだから、二十四年組と混同するなと言ってるのです。

一般社会の誤解を正そうとしていたら、まさに勘違いしてるのが来ちゃったという、なんとかの法則みたいなのです。

【ともだち少ない】

あわてて仲間を見つけたと思い込み、自分の期待通りの話をしてくれると思い込む精神は、だいぶ現在の職場でさびしい思いをしてるのです。

だからこそ「私はいまの職場でBLの話ができる人がいないので寂しい思いをしています。おともだちになってください」という言い方をすればいいのです。

口のきき方を間違えてもトモダチだから分かってくれると思っちゃう時点で甘いです。

「友達になった」と思ったとたんに馴れ馴れしい人というのは、やっぱりどこへ行ってもあんまり歓迎されないです。

思うに、友達つくるのが本当は苦手な人なのです。同人誌を見せびらかした時だけ人気者でいられた引きこもり気味が無理してるのです。

「他人が私に合わせてくれるはず」という依存性と支配欲の両方が顕著なわけで、そうとう世間がせまいのです。だいぶ甘やかされて育ったのです。

それが「母親もそういう人だった」というなら、その母親のイメージに今でも苦しめられているとか言っても聞かんです。自分自身がそういう母親そっくりになってるんだから世話ぁないです。

本人の自立のために、よかれと思って都会へ出してやった娘が母親を恋しがって、みずからそのイメージを演じているのです。


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