「どこにあるの!? クワスチカ」「襟の裏よ。ルパンはいつもそこに隠すわ」

  05, 2017 11:04
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数十年前の市販雑誌『月刊OUT』に掲載されていた読者投稿の一例。ふたつのアニメ作品中の台詞を組み合わせてジョークにしているのです。

こんなもん、元ネタを知らなきゃ面白いのかどうかの判断もつきませんな。

クワスチカってのは超古代の大秘宝かなにかで(詳しい人に訊いてみましょう)、いかにアルセーヌ・ルパンの3代目とかいうこそ泥といえども、とても襟の裏に隠せるような代物じゃない(と思われる)ので、ジョークになるのです。

アニメファン同士がこんなジョークを共有することによって、いったい著作権が何億円分傷つくというのか。正規版ソフトが何百万枚売れなくなるというのか。

むしろ「なんのアニメだろう?」と思った人は、海賊版が売られていないかぎり、正規版を買いに行くはずです。アニパロなんか取り締まる必要ないですよ。

それだけの話をしていたのです。そしたら同人やっていたという人が「同人誌は最初から金目だよ!」と大騒ぎを始めてしまったのです。

それを言ってしまって、自分で仲間を守ることができるのか?

営利性二次創作同人活動を規制から除外する法的根拠を述べることができるのか? 政府と一般国民に向かって?

じつは、何のカードも持っていない人なのでした。自分の同人誌が売れなくなったという恨みだけ抱えているので「同人なんて、そんな可愛いアニメファンじゃないよ! カネに汚い連中だよ!」と悪口を言いたいだけの人だったのでした。

二次創作同人誌というのは、一般書店で販売しておりませんので、それが売れなくなった恨みとは「同人誌即売会の参加者が私を裏切った」という恨みです。

だから赤字と不良在庫を抱えて同人活動の継続(次のイベントへの出展)を断念した「もと同人」というのは、同人の世界全体を恨んでいることがあります。黒バス犯もその一人。

めんどくさいのは「売れなくなった」といって怒る人は、その前は売れていたといって自慢したい人でもあるということです。自分がいちばん輝いていた時代の思い出話しかできなくなってしまった人なのです。

【あなたの時代は終わりました】

若い同人・読者の多様化を応援しましょうというと、怒る中年がいるわけです。「私が出展していた時代にはみんなが同じものを欲しがっていたよ!」って。

だから、最初から「そういう時代は終わりました」という話をしているのです。

なによりも、あなたの同人誌が売れなくなったことが証拠です。あなた自身が再挑戦しないことがもう一つの証拠です。「出展しても無駄」と自分で分かっているのです。

若い人の未来を信じればいいのです。みんなで渡れば怖くなかった時代の自慢話は誰の役にも立ちません。当方がそれよりも古く創意工夫に満ちたプロ作品や、多様な試行錯誤に満ちた初期同人活動を紹介するのは「温故知新」ということによって現代の若い人々を励ますためです。

若い人が「1980年代ふうにはついて行けない」と思うなら、1970年代以前の作品をよく読んで勉強して、二十四年組に追いつけ追い越せというつもりで頑張ってください。バブル時代が忘れられない中年の優越感・差別意識に対しては遠慮する必要はありません。

最初からそういう話なのですから「でも私が1980年代に同人やっていた頃は」という中途半端な過去自慢は無意味です。

挙句に「私の同人誌は1989年のM事件のせいで売れなくなったんだよ!」と叫んでも、誰の役にも立ちません。自分自身が危ない人だと思われるだけです。

「だって、またあの時のような犯罪者予備軍報道や表現規制運動が起きて若い人の同人誌が売れなくなったら可哀想だと思って」というなら、まず自分自身が危ない人だと思われないように気をつけましょう。

【80年代の流行は参考になりません】

「30年前に引き続き、現在もエロが主流です。しかも紙に書いただけのものですから安心・安全です。だから現代の若い人の同人誌も規制・検閲しないでやってください」

と言う必要があります。誰に対して? 日本政府・日本の一般国民の皆様・海外上院議員の皆様です。

だとすれば、その言葉使いでいいと思いますか?

いい中年が、実家の母親に甘えて家庭内暴力をふるうようなつもりで赤の他人に対してヒステリーを起こしているだけでは無意味どころか有害です。自分が危ない人だと思われるだけです。ひいては同人全体が「同人やらせておくとああなってしまう」と思われ、全面規制が実現してしまいやすくなるのです。

もし、現代の同人活動には言及せずに、30年前のことばかり言っているようであれば「あの当時の私を大目に見てほしい」という自己正当化が本当の目的です。つまり自分だけ助かりたいのです。

その裏には「同人やらなきゃよかった。母親の言うことを素直に聞いて、学校の先生になる免許でも取っておけばよかった。派遣社員にならずに済んだのに」という後悔があります。

だからこそ「でも、あの時の私の選択は間違いではなかった! だってよく売れたんだもの! エロをほしがる子が大勢いたんだもの!」という正当化を必要としているのです。

ようするに自分のことしか考えてないのです。

でも、それならそれで現代の若い人にとっては反面教師として有意義かもしれませんね。

軽い気持ちで二次創作同人活動に参加してしまい、その後に就職も結婚もできなくて、そのことを本人が気に病んでしまうと、唯一の生きがいが「SNSで越境して権力争い」という人になってしまうのです。

若い人々相手に「あんな事件や規制運動さえなければ、ほんとうの私は有能なのよ」と劣等コンプレックスをひけらかし、「私がいちばん可哀想」という偽りの優越感に浸りながら、同情してもらおうとするのです。

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