許せないのは、自称性的マイノリティが若い人の多様性を否定すること。

  05, 2017 11:06
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右を向いても左を見ても、せちがらい世の中でござんすから、たまには極端な創作の世界へ逃避したくなるのは構わないのです。

「私は二次創作BLしか読めない変わった女性ですが、よかったらお友達になってください。私の新作を読んでみてください」というなら、仁義お受けしないでもないです。

「最近の若い人からは純愛路線の復活希望のような声もありますね」と聞いたら「そうですね。私たちの頃とはずいぶん変わったものです」と応じられるならいいのです。

おそらく、多くの同人・BLファンがそうだろうと思います。変な人だけが独り勝手にいきり立って怒鳴り込んで来るんですが、その変の方向性がいかんのです。

自分自身が「ノンセク」という種類の性的マイノリティだから特殊な生き方を認めてほしい。男性と交際したくてもできない・結婚したくてもできない寂しさつらさを理解してほしい。何歳までに結婚できなかった人は可哀想などと異性婚中心社会の価値観を押しつけないでほしい、差別しないでほしい、笑いものにしないでほしい……

と言いながら、若い人が創作物の多様化を求めているというだけの話を理解できない。

「私が同人やっていた頃にはそんなこと言う子はいなかったよ!」って。なんすかそりゃ。

自分の経験だけを基準に他人の存在を否定していいんですか? 自分の価値観を他人に押しつけていいんですか? 性的マイノリティとして生きるって、偏見を持って生きることですか?

【自分の弱さを「売り」にするのは女性の戦法ですが】

自分自身が男性経験の少ないことを職場で笑いものにされたからといって「腹いせに同人誌のことに詳しくなさそうな人を侮辱してやるわ!」じゃダメだと思うのです。

「知らないからって意地悪されるのはいやだよね。わざと失礼な言い方されるのはいやだよね」という、他人の痛みを分かる人になったのでないと、自分が傷ついたことが前向きな意味を持たないと思うのです。

「あえて性的マイノリティを名乗る」ということは、弱者どうしで群れてマジョリティを逆差別してやろうず♪ ということじゃないと思うのです。

差別される悲しみを知っている人だから、他人を差別しない優しい人になることができた。そういう人同士なら、お互いを傷つけることがないから安心して付き合えるということだと思うのです。

やっぱりと言うべきか、残念ながら「復讐してやる!」と思っちゃうタイプの人は、弱者の連帯と言いながら、その連帯相手に甘えて、わざと失礼なことを言うのです。

つまり「自分は二度と傷つけられたくないが、自分は他人を傷つけてもいい(復讐する権利がある)」と思っているのです。ようするに分かってないのです。

それじゃ養子を取ったって、うまく行かないのです。ストレス解消のために虐待を連鎖させてしまう人だということですからね。

どうせ私には無理・どうせ立ち直れない・どうせ新しい一歩を踏み出す勇気がない・どうせ前向きに考えることができない・どうせ他人のことまで考えてやる余裕がない・どうせそんなに強くない……

だって、女の子だもん♪(てへぺろ)

女性は歳を取れば取るほど「女の子」という自認・自称にこだわるものです。まだ若いと言いたいからです。女の子であることを証明するために、わざと不適切行動を取るということもあるのです。

それは、ほんとうに若い人々に対して、失礼です。

なぜなら、若い人ってゆぅのはどうせ悪いことをする・反省できない・立ち直ることができない……と思っているということですからね。

でも、それはもともと自分自身が若いとき、そういう少女だったからです。「若い人って~~ふつうみんな頭を使ってなくて~~態度が図々しいじゃないですか~~。だって私がそうだったもん♪」ということなのです。

つねに自分が基準。それを「マジョリティの横暴」と言うのです。

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