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二十四年組と二次創作BLは、別です。~不幸自慢は自分のブログで言いましょう

「1970年代のプロの話ばかりしちゃって何さ。あんたが詳しいとは思えない。もっと同人にも目を向けろ」とか言って来た同人さんがいたわけですよ。

オリジナル派が「私の新作を読んでください」といって声を掛けて来たならまだしも、二次創作同人が著作権問題を抱えていることを忘れて自己露出するというのは考えがたいのです。

おおかた、いい中年になったのに、まだ「女の子だから大目に見てもらえる」などと高をくくっているのでしょう。若い時からそういうつもりで「同人やっていた」ので、その頃の気分が続いちゃっているのでしょう。

というか、続けたいのです。自分が歳を取ったことを認めたくないから。

その中学生ぶりっこが何を証言できるのかと思えば「私たち同人は1980年代に市販雑誌『WINGS』が高河ゆん作品を掲載したから客を取られて迷惑したんだよ。なぜそれを言わないの!? そんなことも知らないの!?」だそうです。関係ないっす。

こちらの話は「プロとパロを区別しろ」です。

いつ、いかにして、同人の世界でだけ、アニメキャラクターの利用が始まったのか? 1970年代以前にさかのぼって歴史の原点を確認しているのです。

あえて例えれば「日本国はいつ始まったのか。神武天皇は実在したのか」みたいな話です。横から「1980年代の中曽根首相を知らないの!?」とか喧嘩を売られても困るです。

中曽根さんは戦争体験に基づいて「戦後の日本を良くしよう」という志を持っていた人でしたが、とりあえず歴史の原点を問い直す話には関係ないです。

(※たとえ話なので、もと首相の愛国精神の件そのものに深入りしなくていいです)

【歴史の原点】

竹宮恵子も栗本薫も、初期のBL専門誌『JUNE』(1978年創刊)に関わっていましたが、プロが創作道の後輩に対して「アニメプロデューサーの権利を侵害しなさい」と教えることはありません。

「男性漫画家なら大目に見てくれます」と教えることもありません。

BL作品を自主制作するにあたって、登場人物を自分で設定せず、既存のテレビオリジナルアニメまたは漫画原作つきアニメの登場人物を利用することを思いつき、実行し、即売会に(=営利目的で)出展したのは同人です。

フェミニズムを利用して「女の子だから大目に見てもらえる」だの、編集部が気を利かしてくれるから大丈夫だのといったデマを広めたのも同人です。編集部には著作者人格権はありません。

著作者人格権保持者が本気を出せば弁護士を立てるというだけです。

なにも知らずに「たぶん大丈夫」という甘え意識とデマで成り立っているのが二次創作同人界です。とくに「女のホモソーシャル」です。

そのことは二十四年組とは関係ありません。二十四年組も、ポスト二十四年組も、『JUNE』執筆陣も、未成年の少女たちに「そんな活動を組織しなさい」と命令することはありません。

元来、当方の意図は、研究・議論に際して、きちんと裏を取らなかった社会学研究者たちを批判することです。「やおいは二十四年組から始まった」というデマを広めた連中です。

もう一つの意図は、同人自身が二十四年組に責任転嫁せず、自己責任であることを認めて、正しい態度と根拠で自己弁護し、必要なら(ふてくされずに)謝罪することです。つまり同人がおとなになることです。

でないと、2020年以降は即売会を開催できなくなっちゃうからです。社会性が低い危険クラスタ60万人を迎え入れたい自治体などありません。

そういう話をすると、まさに勘違いしてるのが釣れちゃうんだから、なんとかの法則みたいなのです。

【にわか小説同人の増殖と挫折】

二次創作同人活動の初期には、「コミック」マーケットで即売されるものでありながら、かなりの割合で小説が混ざっていました。

家庭用ビデオデッキもアニメ情報誌も普及していなかった時代に、小説なら(キャラクターの服装などの)画像資料がなくても書けますから、中学生どころか小学生まで、お姉さんたちの模倣をしやすかったのです。

ましてスポーツの戦術や、メカニックの整備や、深宇宙の構造について知らなくても、恋愛描写なら自分の想像だけで書いて行くことができますから、その種の「アニパロ」だけが増えたのです。

すると、それを目当てにする来場者が増えますから、またそれを当て込んで、その種の「同人誌」を出展する人が増えるという、ループが発生したのです。

最初から「そういうものだ」と勘違いしている「にわか」組の増殖。どこの業界でも見られる現象です。

並行して『月刊OUT』の読者投稿に象徴される文字情報としてのジョークも成長を続けていたわけですが、こちらには漫画も載っていましたね。

それを読んで「私も漫画としてのアニパロを描きたい」と思う人が増えれば、切磋琢磨が生じ、全体がレベルアップするのは当然です。

高河やCLAMPがデビューした後、『WINGS』ブームが終わったというなら、たんに終わったのではなく、彼女たちの作品を読みながら成長した世代が漫画家として独り立ちを始めたのです。

そして、それぞれのファンを増やし、私も漫画家になりたいという人を増やしたのです。

もともと、あだち充や高橋留美子の活躍による「女性にも読みやすい少年漫画ブーム」とでも言うべきものは、1980年頃から生じていて、漫画家志望者を増やしていたのです。

それが、アニパロを含む漫画同人誌全体のレベルアップとして結実したのが1985年頃。そのタイミングで高河などがデビューし、「私も」という漫画家志望者を増やし 以後、バブル景気によって「フルカラー同人誌」の時代が来ます。

もともとコミケは漫画同人会の集まりです。

小説オンリー誌は、終わるべくして終わったのであって、ひとり高河・ひとり『WINGS』に原因を帰せられる現象ではありません。

【勝手に期待する人】

気になるのは、他人の話に触発されて「あの当時といえば私には言いたいことがあります」と自分なりの論説を展開し始めたのではなく、他人の口から言わせようとする態度です。

「いつ私の話をしてくれるかと思って待っていたのに、ちっともしてくれないじゃないの!」と、勝手に期待を募らせて、勝手に怒り出すというのは、だいぶ危険なパーソナリティーなのです。

ミステリーの犯人の心理描写として「相手の事情を確かめる前に彼女は清純だ・彼女なら信用できると思い込んでしまい、結婚の日取りまで決めてしまった後で、良心の呵責に耐えかねた彼女が過去の過ちを告白したら、一緒に悪い男を撃退しようと誓ったのではなく、彼女をサツガイして俺も氏ぬ」

ってのがありましたが、思い込みの激しさと怒り方がそっくりですね。これが日本的甘えの構造でなくてなんなのか。

「まだ子どもだから責任能力がない」と言えば大目に見てもらえるという甘えの構造が猛威をふるったのがバブル時代です。不良文化が流行し、少年による凶悪犯罪が相次ぎ、刑法犯検挙率における女子の割合がピークに達した時代です。

まだ子どもだから、どうせ女だから、どうせ社会のことが分からないから、どうせ勉強させてもらってないから……

自分を卑下しておいて「そっちが配慮してくれるのが当たり前」といって子どもが怒れば、母親が輪をかけて自分を卑下して「気がつかなくてごめんなさいね」と言ってくれた時代。

母親の封建的な奴隷根性の上に新人類ぶった子どもが胡坐をかいていた時代。

そんな子どもたちを弁護しちまったのが、日本のフェミニストです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。