30年前の名古屋のお客様を、差別してはいけません。

  06, 2017 11:06
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現代の読者から「BLにエロは要らない」とか「原作重視の二次創作が読みたい」という声が挙がっているわけです。

だから「1980年代前半まではそういう同人誌もありましたよ」という話です。

アニパロだから、二次創作だからといって、原作を無視して「エロ」を書かなければならないなんて決まっていません。

すべての同人は平等です。誰からも「何々を書かないなんて遅れてる」とか「そんなものを出展しても売れない」とか言われて笑いものにされたり、価値観を押しつけられたりする筋合いはありません。

現代の若い皆さんは、偏見にとらわれず、自由な創作に励んでください。1980年代ふうには飽きたと思うなら、1970年代以前の作品を参考にして、自分なりのアイディアを練ればいいのです。そういう話です。

すると「私が同人やっていた頃の名古屋の子はテレビ放映が遅れていたから話がちがうと言って驚いていたんだよw」と言ってくる人があるのです。だからなんなんだ。

【もと同人は若い人を否定する】

まず字義通りに解釈すれば、本人が書いていたものは原作無視だったわけです。そのことに名古屋方面のアニパロファンは気づかなかった。

もともと原作愛があって原作を読み込んでいた人々ではなかったから、本来のストーリーを知らないわけです。まず同人が書いたアニパロを読んで、後からアニメ版を観た。すると物語が違った。

それを「驚いた」と、正直に言ってよこしたから笑えた~~というわけです。

つまり、この人は「原作重視」という声を否定したのです。原作ファンで、しかもアニパロを買いに来る子なんていないよと証明するつもりで、30年前の経験を持ち出したのです。

30年前を基準に、現代の若い人々が二次創作の多様化を求める声を否定したのです。

中年の独善性。「私がいちばん詳しい」という優越感。私の言うことを聞いてりゃいいのよという支配欲。

まさに現代の若い同人・読者は、それによって差別されることに嘆き、憤り、いいかげんにしてほしいと明言しているのです。

【お客様を差別する】

残念ながら、この件は「30年前のアニパロファンは原作ファンではなかったことを証明した」というだけでは済みません。

なぜなら、証言者の前提が「アニパロファンは原作ファンではない」である以上、東京方面にも「原作を読んだことがない」というアニパロファンが大勢いたはずだからです。

そのことは言う必要がないが、名古屋の子がお話の違いに後から気づいたことは、現代のフォロワーさんたちの前で言ってやる必要があるというわけです。

それが本人にとって特別に面白いことだと感じられるからです。

ところで、名古屋の人々は「後からアニメを観たので話が違うことが分かった」という以上、アニメを観たのです。

中高生のお小遣いには限りがあるので、アニメ化が決定した時点ですでに長期連載化していた原作の単行本を「今から全巻そろえる」ということはしなかったけれども、地上派しかなかった当時、無料放送だったテレビ番組なら気軽に観ることができたのです。

だから彼女たちは、原作ファンではないが、アニメファンです。

他のイベント参加者と一緒に主題歌を唄ったり、コスプレを楽しんだり、声優さんの話題を共有したりできる人々です。それを同人誌出展者が、テレビ放映の時期が首都圏よりも遅れていたという理由で笑いものにしたのです。

せっかく自分の同人誌の価値を認め、おカネを出してくださった方々なのに、腹の底でバカにしていたのです。

なるほど「全国の中学校区でテレビばかり観ながら育った青少年がコミケに結集しているのだから、都会のおとなの目から見て田舎くさいと感じられるのも無理はない」という話に対して、キーキー怒る道理です。

「私は原作漫画ファンでもなければ、アニメオタクでもない。最初から金目で山も落ちもないエロ小説ばかり書いていた都会的な同人だから、ああいう連中と一緒にしないでほしい」というわけです。

この差別意識。この独善性。

しかも二十四年組も、その基盤になった明治文学も読んだことがないらしいので、高校か大学の先輩から二次創作BLの書き方だけを教わって、それを「都会的な活動だ」と信じ込んじゃったのでしょう。

たしかに漫画に夢中でもなく、アニメに夢中でもなく、子どもには相応しくない性的または残虐的要素を含む小説を(営利目的と割り切って)書くお姉さんたちというのは、たいへんおとなっぽく見えたのでしょう。

憧れちゃったのです。相対的に、自分と同い年以下のアニメファンに対して、差別意識を持ってしまったのです。

これが、コミケ全体がアニメ(およびゲーム)ファンの祭典として、ヴィジュアル重視・サウンド重視のイベントに変貌して行く過程で「売れなくなった」としても当然なのです。

【自分で選んだ人生です】

似たようなことは他の人にもあるかもしれません。自分がいちばん輝いていた時代の思い出話に夢中で、それを聞いた現在のおともだちがどう思うか考えることができなくなってしまっているのです。

心が「同人やっていた」頃に戻ってしまっており、周囲には自分と同じように差別的な同人ばかり固まっているという「群れ」幻想に浸ってしまっているのです。

そういう時がいちばん楽しいと思うほど、現在の人生に張り合いがないので、失敗もしやすいのです。

けれども、同人やってみたことも、かんたんに諦めてしまったことも、その後再挑戦しなかったことも、他の資格試験に挑戦しなかったことも、自分で選んだ道です。

自分で選んだ人生がつまらないからといって、30年前に同人誌を買ってくださった恩人たちを傷つけることはやめましょう。誰よりも自分自身が周囲から「そんな人なんだ」と思われてしまわないためです。

おとなになるということは、エロい話ができることではありません。カネもうけすることでもありません。情けは人のためならずということを知っていることです。人間はみんな一人だから、母親に責任転嫁することもできないから、ほんとうに孤立してしまわないために、自分の責任で他人に対して礼儀を守ることを知っていることです。

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