負け犬は、フェミニズムの遠吠え。

  12, 2017 11:03
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「ほんとうは負けたと思ってないけど、先に自虐してしまえば、あとは安心よ(てへぺろ)」では済まないです。

日本には謙譲の美徳があり、甘えの構造があるので、女性がその伝統にのっとって自分から卑下することによって周囲の優越感と同情心をあおり、保身を図っていると言った時点で、言った人が満足してしまいがちです。

けれども、問題は、それだけ本人が肩身のせまい思いをしているということです。

「独身ばんざい。新時代の女の自由よ。あなたも自由になりましょう!」と言えなくなってしまったという世相の変化が本当の問題です。

1970年のウーマンリブ大会以来、個としての婦人の自由を最優先してきたフェミニズムが、財源不足という少子化の結果を見通してしまった時、打つ手なしだったのです。

だから、嫁がない女・産まない女・育てようとしない女を見る眼は厳しくなる一方です。だから「負け犬と呼んでください」と自虐せざるを得ない。それを、フェミニズムはどうするのか。

「産まない女性を差別してはいけません! 産まない人を責める人がいなければ自虐する必要もないんです!」と言い得るのか。

それとも「実際、財源がなくなると困るから、産まない人が悪く言われるのは仕方ないよね~~w」で済ませるのか。

「だから自虐すればいいんだよw」では、ようするに負けを認めたということです。

それは、残る一生「産まなくてごめんなさい」と言い続けるということです。

ここで、ゲイと連帯しても、あんまり意味はないです。彼らは結婚したい人々です。女性に期待する役割は代理出産です。

唯一の方法は「男性が家事に協力してくれないから産みたいけど産めない」と言い訳し、責任転嫁することです。

だから最近「男女共同参画」ってことが盛んなんですけれども、ほんとうについ最近のような気がするのです。

「こういう自虐は女性が生きる知恵なんですよw」と言ったところで話が終わっちゃっていたのでしょう。

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