同人バブルの崩壊を理解できない人の件。

  12, 2017 11:06
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まず、当方の同人・BL論の意図は、1980年代に生じたプロ作品と「アニパロ」の混同を解消し、プロ作品の価値を再評価して、正しく次世代に継承することです。ご賛同いただければ幸いです。

また「BLはポルノだと思われたくない」という若い人々が古い作品を知って「こういうのが読みたかった!」とか「あ、これでいいんだ。これなら自信もって書ける」と思ってくれるといいと思っております。

1970年代の作品には、性的な意味で露出的な場面はありませんでしたし、もともとそれを期待して探す作品じゃないです。もっと大きな物語です。構成力も確かです。

でも、1983年頃から、ひじょうに同性愛差別意識が強い人々が目立ってきて、男同士という要素だけに注目して「ヤバイ、ヤバイ」と騒ぐようになっちゃったのです。

で、どこから知ったか同人誌即売会へ通うようになって、余計な知識をつけた。

そして市販雑誌に掲載される作品の一部が過激化したのです。二十四年組じゃなくて、その影響を受けた次世代漫画家の。たぶん「もっとエロくしろ」という投書が増えたのでしょう。どうも変だなと思うようになったのは1985年頃だったと思います。

バブル崩壊すると、出版社の一部が、そういう傾向を利用したのです。(不景気な時はポルノを売るのが出版界の鉄則です)

という具合に「BLはポルノだ」という偏見は、だんだん強まったのです。そうではなかった時代がちゃんとあるのです。

【プロを恨む人】

というわけで、プロ作品の話をしていると、「もっと同人にも目を向けろ」と言って来る人があるわけですが、その本人が同人について何を知っているのかと思えば、自分の同人誌が1990年代に入ると売れなくなったと言いたいだけの人だったのでした。

1970年代のプロの話をしている時に、1990年代の同人の愚痴を聞かされても困るのです。自分のブログでやりましょう。

で、それが、高河ゆんがプロデビューしたことを許せないらしいもんですから、そのタイムラグがちょっと気になるので、考えてみようと思います。

「M事件のせいで売れなくなった」と言う人なので、それまでは売れていたということです。事件は1989年に犯人が検挙されたものです。その犯人がアニメファンだったというので、アニメファン全体・同人誌即売会参加者全体が危険視されるようになったのは、もちろん1989年以降です。

いっぽう、高河ゆんのプロデビューはその数年前ですから、「同人やっていた」人は高河のプロ活動と並行して同人活動し、そこそこ売れていたわけで、彼女を恨む必要はありません。たんに嫉妬しただけです。

だから、その作品を見た時の感想が「同人時代と大差ねぇな」なのです。

実際の高河は、市販雑誌掲載用のオリジナル作品のアイディアを一生懸命考えたはずです。何度も編集部員からダメ出しをくらって泣かされたはずです。でも頑張ったのです。そして成功しました。

その成功をともに喜ぶことができない人。私も頑張ろうと思うことができない人。

他人の努力を認めない人。他人の仕事の価値をおとしめようとする人。

それを現在のフォロワーさんが聞いたらどう思うのかさえ考慮できない人。

そんな自分を恥じるという経験をしたことがないなら、つねに似たような仲間に囲まれて暮らしてきたのでしょう。晴海へ行こうが、どこの県庁所在地に行こうが、似たような仲間とばかり群れを作って、他人の悪口を言っていたのです。

ところで、高河のデビュー前を知っていて、M事件後も経験したということは、かなり長い期間「アニパロ」の世界に関わっていたことになります。

とすると、本人が「親が厳しくて、私が学生運動に参加することを心配しすぎ、ふつうの学生サークルに入ることも禁止されたので、やむを得ず同人誌即売会へ行った」と自己申告したとしても、嘘です。

中学生時代から通っていたところへ、大学合格後も通い続けただけです。

なお、同人の隠語好きは、若い一般人によってきもち悪がられています。インターネットは同人誌即売会ではありません。バブル時代に使用していた固定電話回線でもありません。公共の場で「がゆん」などという隠語を使う必要はありません。

一般の皆様は「わたし同人に詳しいのよ」という顔をされても、うらやましくもありません。過去自慢に夢中になって、現在のフォロワーさんからきもち悪がられてしまわないように、気をつけましょう。

【同人バブルの崩壊】

じつは、市販漫画雑誌『WINGS』ブームとも、高河の活躍とも、M事件とも、コミック有害図書指定運動とも関係なく、自分自身が生徒・学生で、同級生が即売会へ通ってきてくれた間は「同人誌」が売れ続け、同級生が卒業し、地元へ帰ってしまうと売れなくなっただけです。

コミック有害図書指定運動が起きたのは、バブル崩壊・就職氷河期の時期に一致するので、多くの若者が同人誌どころじゃなくなっただけです。同人バブルも弾けたのです。

出版各社からBL専門文庫・雑誌が続々と創刊されたのは、その後です。有害指定運動まっさかりの1992年以降です。「女性向けは別」という弱者特権が適用されたからです。

だから、その後で発行した同人誌が売れなかったなら、事件のせいでも運動のせいでもありません。市販品のほうが面白かっただけです。

【逃げ続ける人】

悲しいのは、その後の二十年間、辻褄の合わない言い訳を自分に言い聞かせ続け、他人に責任転嫁して、再挑戦する勇気も、ほかの道へ踏み出す勇気も出せずに、本質から目を逸らし続け、自分自身から逃げ続けていたことなのです。

「私は同人やっていたし、編集部に知り合いがいたから、出版の裏事情に詳しいのよ。素人には困るわ」と言いたがる優越感ごっこと、栗本薫より売れている・名古屋の子は遅れてる(そうです同じ人です)という優越感と、プロデビューのために一生懸命オリジナル作品を考えた高河を「同人時代と大差ねぇな」とおとしめることは、根っこが同じです。

競争意識。それも、実際には自分がたいしたことないのを知っているがゆえの。

自分自身は出版社に就職できていないのです。栗本ほど名前を知られていないのです。プロデビューできていないのです。

だからこそ、小さな小さな優越感を掻き集めようとするのです。

これが「同人やっていた」人の末路です。

黒バス犯の時も思ったんですが、その競争意識と執念深さを前向きな方向に振り向ければなぁ……。

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