ベルサイユのばらとガラスの仮面の陰で、少女漫画家は悩んでいる。

  21, 2017 11:01
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1970年代から1980年代の少女向け漫画を思い起こすに(単純に懐かしがってるんですが)、女流漫画家たちが青年の姿を描くことを楽しんでいたように思います。

ヒロインは読者に合わせて16歳くらいに設定されているわけですが、当然ながら世間がせまく、ちいさなことで悩んでいる。彼女の相手役として高校の上級生または大学生の青年が設定されており、彼には同世代の同性の友人がいて、ヒロインのいないところで彼ら同士が会話する姿が描かれるんですけれども、その台詞が含蓄深い。

じつは漫画家自身は大学生以上に達しているわけで、彼らの口を借りて人生観を語っているのです。

で、ヒロインは彼らとの交流を通じて「悲しいのは私だけじゃない」と気づいて、ひとつおとなになる。そういうお話が多かったように思います。

逆にいえば、おとなの女性が働く姿に触発されて、少女が「私もがんばる」というお話が少なかったように思うのです。

確か「赤毛のアン」には憧れの女の先生がいたと思うんですけれども、日本の女流たちは、そういうお話を描かなくなってしまった。

しまいに1980年代に入ると、少女漫画といいつつ主人公が外人の少年(便宜的に日本の高校生に設定されているけれども、絵柄としては金髪の欧米人)というお話が、確かに増えたのです。

女流たち自身が、外人の男の子を描くことを楽しんでいたいっぽうで、少女が成長して行く姿をイメージすることができなくなっていたのです。

だからこそ、山口美由紀や川原泉の少女漫画にホッとしたのですが、当時も今も少女漫画の主流は少女が高校部活動に励む姿であって、卒業後の人生は考えられていないのです。

ここで一つ考えられるのは、日本の漫画家というのは職工の一種として高校生の頃から出版社に囲い込まれてしまうという事実。

本人たちが大学生活を経験していない。就職活動もしていない。会社勤めも経験していない。育児を経験した後で漫画制作の現場に戻ってきたということがない。

社会的作品を描こうにも、本人に実体験がないから描けないのです。

少なくとも当時はそうだったのです。おとなの女性の生活を描きようがない。そうかといって同人誌制作に夢中になる少女が描かれたわけでもない。

有吉佐和子の作品には、平塚らいてう達に触発されて、地元の女学校を卒業したあと進学のために上京した若い女性が書きもの(社会批判の文章執筆)に夢中になる姿が描かれています。作者の実体験を反映しているかと思われます。

尾崎士郎『人生劇場』には女性の小説同人も登場するわけですが、そういう才女の姿が1970年代以降の少女漫画の中で描かれたかというと、不思議と少なかったのです。

同人誌は出版社にとってライバルなので、編集者にとってありがたい題材ではなかったという事情もあったかもしれません。

そもそも漫画家という職業自体が少女の憧れとして描かれないんですから、日本の女流漫画家は最初から自尊心の表現を抑圧されていたといってもいいのかもしれません。

男性小説では、谷崎潤一郎をはじめ、主人公の職業が作家または新聞記者で、作者自身の経験がそのまま活かされているという半自伝的一人称が多いものですけれども。

ただし、重要なのは彼女たち若い女流の背後に1975年以来『ガラスの仮面』という王道タイトルがあったことで、あれはまさにおとなの女性(演劇の師匠や、演劇の師匠でもある母親)との交流によって少女が鍛えられ、少女同士が切磋琢磨する物語。

さらにその前年に宝塚歌劇となった大ヒット作『ベルサイユのばら』は、まさに女性が職業に励み、理想に殉じ、しかも結婚式を挙げずに異性と同衾する姿を描ききったいっぽうで、人妻の不倫と、それが一因となって命を落とすまでをも描ききってしまったのでした。

それらの2番煎じを描くか描かないか、その後の漫画家たちは、今なお厳しい選択をせまられていると言えるでしょう。

なお『美少女戦士セーラームーン』は、ひとつ前の時代(1980年代)に流行していた美少年キャラクターを敵方に位置づけることで、少女漫画の中に少女が活躍する空間を取り戻した作品だったかと思います。

初見の際に、1970年代に流行した魔法少女もののアニメが戻って来たような、懐かしい感じがしたものでした。

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