女性が戦争を話題にする時は。

  21, 2017 11:03
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映画や小説などの創作物の話題であれば、軍艦行進曲の響きに乗って、愛国心の雰囲気に浸る権利があると申せましょう。たとえ百円でも対価を支払ってソフトを手に入れたわけですしね。(※きちんと対価を支払いましょう)

けれども、根本のところでは、実際に夫をなくした妻、息子をなくした母、兄弟をなくした姉妹の悲しみに同調するという、女心を忘れるべきではないだろうと思います。

戦没者の戦友たちは「立派に戦って、万歳といって死にました」と言ってくれるわけです。男を立ててくれる。実際には「痛いよ、お母ちゃん」と言ったはずだけれども。

その男の優しさに免じて、女たちも「ありがとうございます。名誉に思います」と答えるのです。けれども腹の底では納得していない。そもそも戦争やらなければよかったのにと思い続ける。

それは、もう未来永劫解決しない悔しさなのです。もう一回戦って勝てばスッキリするということではない。

木下恵介は、その悔しさに、よく取り組んだと思います。彼は作品中に必ずハッキリと戦争を否定する台詞を入れました。なかなかできることじゃないのです。

ただし、ここまで見切ってしまうと、創作物としては描きにくくなるということはあります。だからステレオタイプを利用した娯楽として、また別の見切り方をすることになる。

兵器(刀剣も兵器です)が擬人化され、トレーディングカード化されて行く。だからこそ「ほんとうの戦争はいやだよね」と確認し続けることが重要です。

多くのサブカルファンにとって、申すまでもありませんね。

女性が軍隊を後ろ盾に、自分が権力を持ったような気分になってしまうのは、あんまりいいもんではないです。夢見がちになりやすい創作系はもちろん、政治家も気をつけましょう。

事実として、歴史上には強大な軍事力を支えにした女王の時代もいくつかありましたけれども。

日本は徴兵しなくなって長いので「女は実際の戦場を知らないんだから軍事に口出しするな」とは申せません。男性も同じことです。けれども、男たちの胸の底には「いざとなったら自分も」という自負心と恐怖感の両方がある。

だから「実際に銃器をかついで遠い国まで行く奴らはえらいよな」っていう尊敬の気持ちも、やっぱりある。その彼らを困らせるような発言はしないという、他人の立場に配慮するという社会性は、じつは男性のほうが上です。

社会性とは、他人に恥をかかせないことです。

もともと男性中心社会である以上、男のほうが、男の立場に配慮できるのです。女性が女性だけで別社会を組織するのではなく、男性中心社会に地歩を占めたいなら、そこまで勉強する必要があります。


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