決断。

  06, 2013 14:41
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少数派ではあっても、いつの時代にも気づいてしまう女性がいる可能性はあった。

古典文学を勉強している時でもいいし、男性が書いた純文学を読んでいる時でもいい。「えっ、男同士で何するの?」と考えているうちにドキドキしてきちゃった……という人がいた可能性は常にある。

トリビュート的な作品を書いてみても一向に構わない。この国は幸いなことに女性の識字教育が盛んであり、女学生がオリジナル小説を書くこと自体は戦前から行われていた。

既読作品の続きを想像して書いてもいいし、人物設定と舞台を変えてオリジナリティを高めてもいい。無関係な作品を読んでいる時に「男二人で湯治に出かけた」という描写から「この人たちも」と思いつくこともあり得る。読書ではなくテレビドラマを視聴している時に思いついてもいいし、テレビアニメを見ている時でもいい。

いわゆる一次創作でも二次創作でも、作家の数だけ発想があり、それぞれの特徴を備えた作品がある。

問題は、それを発表できないと思われていたことにある。

1960年代には森鴎外の娘が挑戦した。出版界は猥褻裁判をいくつか乗り越えたところであり、性に関わる表現の自由を支持する編集者が確実にいた(でなきゃ出版されない) ロマンチックな女流文学として認められたから田村俊子賞の受賞がある。

が、日本の文壇は、作家の実体験に基づかない作品をあまり評価したがらない。

が、漫画はもともと荒唐無稽な世界を描く表現分野だったから、自由な発想が生まれ得た。掲載を決めるほうも柔軟だった。読者も何が来ても受け入れる姿勢があった。

かつては想像することさえ抑圧した人もいたかもしれないし、こっそり書いても恥ずかしくて誰にも見せられないと思った人もいたかもしれない。友達だけに見せて「内緒よ」って言ったかもしれない。

1970年代に起きたことは、むしろそう思うべきと思われていた者が、「女権」という精神的支柱と、「いくばくかのお金」を得て、発表に踏み切った、ということだったはずだ。

商業漫画家は原稿料をもらうことによって自活の自信をつけ、素人は印刷を専門家に頼むだけのお金を持つことができた。後者はよほど子供に甘い親がいたのでなければ、やはり自分でかせいだ給料をはたいたとしか考えられない。女性の社会進出、就業が可能になったからこその、次の段階だったはずだ。

仲間内だけのことではあっても、まがりなりにも作品を衆目にさらし、評価されて、お金を受け取る。そこへ参加しようというのは、やはり並大抵の勇気ではない。コミュ障とか言ってる場合ではない。

コミケの初期には少女漫画が主流だったというが、『ファイヤー!』も『ポーの一族』も少女漫画である。

そもそも、サファイア王子というのが、女性を自認する者の男装だったのではなく、男の子の服装をしている時は男の子、女の子の服装をしている時には女の子だったのだから、日本初の少女漫画の主人公は美少年だったといっても間違いではない。

商業作家はいかに尊敬する作家にトリビュートしたくても、あからさまな二番煎じを発表する訳にはいかない。

が、素人は単純な似顔絵や、どこかで見たような作品を量産しただろう。『ポーの一族』を読んで感銘を受けた者は「自分も美少年の吸血鬼を描きたい」と思うはずであり、これに映画『ヴェニスに死す』の感動を掛けあわせると、生まれてくる作品は何通りか予想がつく。

「初期コミケの主流を占めた少女漫画」の一部として美少年を主人公とするものが存在したであろうという想像は荒唐無稽ではないはずだ。少女作家(読者)にとって、すでに美少女と美少年は等価な存在であり、それをそれぞれに愛する男たちがいることも了解済みだった。

1975年末に連載が開始された青池保子『イブの息子たち』では冒頭ですでに「アンニュイな詩人」と「金髪の美少年」がステレオタイプ化されている。カワサキ兄貴のホモソーシャルも描かれている。彼らヴァンローゼ族による宇宙戦艦ヤマトのパロディさえも掲載された。

少女に読ませるべき商業誌がゲイコメディやゲイロマンスを掲載して裁判沙汰になるようではイメージダウンで、雑誌そのものの存続にも関わる。プロ編集者は鼻をきかせたはずであり、同人界が商業漫画界の青田であり裾野であることはトキワ荘以来の伝統でもあり、同人漫画家を核とする少女漫画読者の中に、すでにそれを受け入れる風潮があることと、外界からのクレームの恐れがないことを見抜いていたはずである。

同人作家の方も「女性が男色を描いて勝手に店を出して売ったら猥褻として警察に逮捕される」と本気で心配すれば、やっぱり売らない。安全を見越した上での創作活動であり、販売行為であり、また「それでも何か言われたら表現の自由を盾にとって戦うんだ」という決意であったはずだ。

社会に対して、異性に対して、自分自身について、不満をもつ女性は多いが、その全てがBLに転ぶわけではない。従順で健康な少女がなにかの不幸な原因で「やおい」になっちゃった、ということはない。受け入れる下地のある人とない人がいる。セーラームーンの爆発的人気によって、その敵役キャラクターが少女読者に受け入れられることが分かった時代を経ても、なお少数派である。

どこまでいっても少数派でしかないものが、女性でさえも暴力的な反戦運動に参加する時代を経て、「書きたいものを書く」と言い切った時代が1970年代だった。

1980年代の少女たちはそれに続いたのであり、すでに手法は低年齢な者が模倣しやすい程度にまで確立し、簡略化されていた。洗練されていたと言ってもいい。

コミケという比較的せまい場所に集まるから、えらい騒ぎになっているように見えるだけであり、女流漫画界全体を見渡せば、やはり「BLでデビューしたい」という人は少ないはずだ。

1980年代の『花とゆめ』は、パタリロが連載を続け、トリビュート的な河惣益巳という作家を輩出したが、かりに新人賞に応募してくる作品がすべてパタリロ(というかマライヒ)またはジルベール賛美的な作品だったら、編集部は手を打っただろう。応募の要件に「少女を主人公とすること」と書いてもいいし、作家の人数を確保できるなら、80年代の時点でBL漫画専門誌を立ち上げることも可能だったはずだ。

つまり、実際にはそれほどでもない。

なお、その少数派を「もともとトランスゲイ傾向なんです」と言ってしまうことは一見とおりが良さそうだが、トランス男性というのは、徹頭徹尾、自認が男性なのであり、別冊少女コミックや花とゆめを読む必要がない。彼らは「しょせん女性の甘え」と言われることを断固として拒否するはずであり、だからこそ適合手術に関する制度の改正を勝ち取ってきたのである。

少数派のほうでも「男になりたい」ということは「のび太くんになって、いじめられたい」とか「蟹工船でこき使われたい」という意味ではない。男の世界もなかなかに大変だ。

……これはだからまぁSM趣味などと同じで、性嗜好の多様性の一種ということでよろしいのではないかと思う。

革と鎖を偏愛するように、男性の肉体美と男性文化のダンディズムを偏愛し、鑑賞したがるというようなことだ。愛する者も愛される者もダンディな男性なら鑑賞する者がご満悦というだけのことだ。

個人的にはボーイはあんまり趣味ではないのでボーイズラブではなくて「man on man」または「male to male」ってことで「MM趣味」とでも言っておきたい。

それが、その気持ちを発表する自由を得た。ミニスカートと大学進学と反戦運動と就職を経て「表現の自由」を楽しむ時代を迎えた。そういう話である。







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