【ギリシャでは薔薇の下で秘密の愛を誓う必要はない】

  13, 2014 10:40
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神話、伝説、殖民都市に残された壁画、神聖隊の存在などを真に受ける限り、古代ギリシャでは男たちの愛は禁忌とされていなかった。

ストレート男性の本能的な忌避感は、当時から存在しただろうから、ソクラテスについてはゲイ・バッシングの一種だった可能性はあるけれども、関係を信じられたアルキビアデスは政治家として出世している。

貴族または自由市民の特権としての「たしなみ」のように思われていたかもしれないが、念者・念弟として振舞うことは出来たはずだ。

ともかく、ギリシャ神話を読んでも、男たちが「秘密の」愛を薔薇の下で誓ったという話は出てこない。

ヘラクレスといえば現代(というか1950年代)の映画では、女性にもてる異性愛的美丈夫の代名詞だろうが、古代ギリシャ文学の中では、愛する少年が泉の精に誘拐されたのを探し回って戦士たちの集合時間に遅れたほどで、そのときの冒険団の団長にして船長であるイアソンは、男の中の男が稚児を惜しむ心を哀れに感じて、アルゴー船の出航を遅らせたのである。

もしかしたら奴隷階級の男性の中に、当然、何割かは生まれついての同性愛者がいて、彼らは念者と少年ではなく、成人同士の禁じられた「結婚」として、花のもとで愛を誓う必要があったのかもしれないけれども、その記録は残されていないだろう……

簡単にいうと、あれは古典古代からキリスト教文化まで、さまざまな要素が現代人の中で混淆したことから生じた一種の二次創作で、ばっさり言うと伊藤氏の勘違いだと思う。

海外で「ゲイ=ローズ」って言っても通じないのだ。英語的には「三色スミレ」だ。

薔薇はアフロディーテとヴィーナスの象徴であり、さらに転じて聖母マリアの象徴であり、「愛」のシンボルではあるが、女性美の比喩だ。

もしかしたら古代の文学界・芸術界において、男色好みと女色好みの相克があり、人数的に勝る後者が後世におよぼした影響のほうが強かった……ということかもしれないけども。

なお、百合がレズビアンであるというのも伊藤氏の発案で、「百合はナルシシズムの象徴だから」だそうだが、それは水仙だ。

同じように下を向いて咲く白い花の、清楚でありつつも含羞を帯びた様子が、彼の中で「人目をはばかる女性」のイメージとして、美しく感じられたのだろう。

また「歩く姿は百合の花」として、確かに日本的には、百合は美女の象徴である。

「○○は、△△なんだって」というフレーズが、問い返されることなく「あ、そーなんだ」と受け入れられてしまう、日本らしい現象ではあるかな、と思う。

最近はゲイを指して薔薇族って言う人も減ったけれども、百合はレズビアンが自称することもあるので、やはり美しいイメージが気に入られたのだろう。

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