【結婚は男性にとってこそ最高の価値】

  18, 2014 09:57
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ストレート男性が、悪者を退治し、財宝を得るなどして社会的に成功し、美女をゲットして、うだつを上げる。

うだつを上げるとは、男性が大きな家を建てて独り暮らしすることではなく、その屋根の下には嫁さんと子供と大勢の使用人と、社会が許せば妾もいるという状況が想定されている。

じつは、異性と結婚し、子孫を残すことが最高の価値観であるのは、ストレート男性にとってである。

進化の過程をどうさかのぼっても、これがストレート男性(雄性)の本能であることは疑いない。

そして人間の雄性が描く創作物の多くが、つまり彼らの自画自賛である。誰しも生きるにあたって自尊心は大切であり、自己愛は結構なことだ。

【逆転劇】

で、これを前提にすると、「女性が成功する」「ストレート男性ではない男性が成功する」という二つの逆転劇は、かならず生まれてくる。

一世を風靡したオスカル・フランソワにも、一読して「女が指揮官? ふざけるな」という読者がいたかもしれない。

男性と人生のペアを成す男性が、たとえば運動部の主将であるとか、一軍の指揮官であるなどという話も「ありえねーー!」という反応が、じゅうぶん考えられる。

だからこその逆転劇だ。

これが二丁目住人によって描かれ、世間の喝采を浴びていれば、問題はなかった。

【自由な男たちと、もっと自由な女性】

男装の麗人は、発表の時点で、すでに「不道徳」などとは言われなかった。少女歌劇には長い歴史があり、戦前の婦人参政権運動家も男装したのだった。

男装した女性の活躍物語が成功した後で、現実の男性カップルが動き出せない内に始まってしまったのは、女性の自尊心の補強としての、架空の男性カップル物語だった。

ストレート男性が「ゲイの社会参加は認めるが、女は認めん」と言うか、ゲイ自身が女性差別しない限り、女性は「男同士が自由な社会は、女性も自由だ」と夢見ることができる。

したがって、「一軍を指揮する男性カップルと、その横でもっと自由な女性」という構図は、女のロマンたり得る。

すなわち、「女人禁制」と言わずに寝室まで公開してくれる戦士たちと、彼らを鑑賞する女性という構図だ……

そして、女のロマンが金に替えられることは、経営者たる男のロマンたり得る。

少女マンガ編集者の中にゲイはいなかったとは言わないが、おおむねストレート男女の協力体制によって生まれてきたのが、ボーイズラブという表現カテゴリだ。

【ブロークバック・マウンテン】

先に女性が(部分的ではあっても)自由を得たのだから、本当は「女性が自由な社会は、ゲイも自由だ」というふうに話が進んでいけば良かった。

アメリカのゲイは『ブロークバック・マウンテン』という作品を「女のくせに、こんなもの書きやがって」とは言わなかった。映画版を、長いこと彼らが選ぶ映画ランキングの1位に置き続けた。

そして、あの映画の商業的成功以後、マッチョの牙城だった全米各地で、同性婚を容認する法案の成立が増えたのは間違いない。

少数派である彼らだけでは、絶対に多数決に勝てない。したがって、マジョリティ票が動いたことになる。そのかなりの部分が、女性票だったろう。

日本は出だしで蹴っつまづいたので、残念だった。


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