【74年組。】

  07, 2014 11:56
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出生数の多かった時期のトリとなる、1974年に生まれた人が、今年40歳になる。

きりがいいので、(無理やり)振り返ってみようと思う。 ※一消費者による回想で、業界の裏話は聞けない。

彼らは、宇宙戦艦ヤマトが発進した年に生まれた。ピンクレディを盛んに歌真似し、ファーストガンダムの玩具を買ってもらったはずだけど、実はほとんど覚えていない。

小学校に入学したのは、1981年。

この頃から、すでにアニメは子供達への訴求力をなくしている。

合体ロボットアニメ人気の終焉は象徴的だろう。ゴッドマーズとJ9シリーズは、すでに大きいお友達ご用達だっただろう。

世間的に、アニメよりも重要なのは、ザ・ドリフターズから「ひょうきん族」へ人気が移ったことと、ビデオゲーム流行の開始だろう。

1974年生まれは、小中学校時代を通じて、ファミコンでよく遊んだ人々のはずだ。保護者の方針で触らせてもらえなかった人を除いて。

(※ ファミコン発売は1983年で、9歳のとき。サンタさんにもらったかもしれない。 ゲームボーイ発売は1989年で、15歳のとき。スーパーファミコンは1990年で、16歳のとき。これ以後もゲームファンを続けた人と、そうでない人に分かれるかもしれない)

『キャプテン翼』の連載開始は1981年、アニメ放映開始は1983年だ。男児の何割かは、サッカーを始めただろう。

シブがき隊の歌手デビューは1982年。チェッカーズは1983年。女児の何割かは、すこし大きい人と一緒に、彼ら男性タレントグループへ声援を送っただろう。(女性タレントで女児に一番人気だったのは誰だろう)

アニメ分野で80年代に印象深いのは、ラムちゃんとケンシロウだろうか。いちごのパンティを連呼していた少年もいたような気もする。

ロボットの硬質さよりも肉体の線、その露出的表現が愛された時代だったか。キャッツ・アイのコスチュームは、ハイレグ型ではなかったが、エンディングにおけるエアロビクスダンスは印象的だった。

もうこの頃から、アニメは性的刺激・バーチャル恋愛を求める15歳くらいの人に向けたものだったのかもしれない。

それでもアニメを視聴した小さなお友達の中には『ぼくパタリロ!』と『ストップ!!ひばりくん!』の放映を見た人もいたかもしれない。ボーイズラブ的な描写に、ほとんど違和感がないだろう。

「女言葉を使う男性(の二人組)」という描写から、「ゲイ=女性的=面白い人たち」という印象を抱いているかもしれない。

彼らが大学・専門学校へ進んだのは、満19歳の年として、1993年。ダブル浅野も遠くかすんで、80年代の影響から脱したい頃だったろうか。

テレビアニメで人気だったのは「セーラームーン」と「クレヨンしんちゃん」、レンタルビデオも普及していた。

学生は課程によって忙しさにバラつきがある。時間に余裕があると感じられた人の何割かは、ビデオ鑑賞の楽しさと、いろいろな意味における二次創作の可能性に気づいたかもしれない。

耽美専門雑誌『JUNE』は、この頃から勢いを失くす。少女小説レーベルからBLレーベルが独立する(それだけの読者が見込めた)一方で、粗製濫造された(と言ってもいいだろう)漫画としてのボーイズラブが目立ち始める。

いま現在の世間に人気のある作品を見かけると、つい「最近のアニメは」などと口走ってしまうが、コナン・エヴァンゲリオン・剣心は、90年代に始まっている。学生の何パーセントかは、その初期の人気に寄与しただろう。

なお、プレイステーションが1994年に発売されている。彼らは20歳だった。時間に余裕があると思った学生の何割かは、改めてゲーム攻略を始めたかもしれない。

彼らは1995年に新成人にカウントされ、多くは1997年に社会人デビューした。何人かは、お笑いタレントとなっただろう。

彼らは先輩コミックバンドの弟子として、舞台コントに参加するのではなく、コンビ漫才師として若い内にデビューさせられては、ひとつところに集められて、バンジージャンプなどに挑戦させられる……

世の中いろいろあったんだけど、ことテレビ的な娯楽に関しては、この世代の時代から、ほとんど変わっていないような気もする。



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