低年齢化は氷山の一角。

  07, 2014 09:00
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たとえば、女性の売春を美化した遊女・花魁という存在が登場するから、能楽・歌舞伎を上演禁止にすべきだろうか。

かつての僧院における稚児趣味・お大尽の若衆遊びなどというものの実態は、ほめられたものではなかった。稚児たち自身がひじょうにいやがっていたという話もある。(当時だって戒める声はあった)

では、現代において、すでに寺院における喝食、日本橋の陰間宿などというものが実在しない前提で、「眉を抜き、紅をさした稚児」「なさけ深い若衆」といった文章に接した際の情緒を味わうという嗜好は、法律で禁止されるべきものだろうか。

もちろん反語だ。

「三島由紀夫が『仮面の告白』『禁色』を発表した、1940年代後半から1950年代、わたくしは当時まだ人数の少なかった女子学生で、マルクス主義を研究する傍ら、ドイツ文学に親しんでいた。鴎外の『ヴィタ・セクスアリス』も愛読していた。三島の真似をして、薔薇の花束を持って、丸山明宏氏の歌う銀座の店へ行ってみたいと思ったが、自由になる金額が少なく、果たさなかった」

という人がいれば、いま80歳代。

「1960年代、わたくしはフランス文学を専攻する女子学生で、森茉莉の作品が文学賞を受賞したと聞いたので、読んでみた。それ以来、美しい男性たちというイメージには、ひそかに憧れている。池畑慎之介氏の舞台へは、かかさず通っている」

という人がいれば、いま70歳代。

それぞれ、1970年代には、40代、30代だった。

白洲正子の著作には、能楽の創始者の青春時代のエピソードや、北面の武士と白河院の人間関係に関する逸話が登場する。べつに言わなくてもいいような文脈だとも思う。

その話題に接して、どのような感想を抱くにせよ、女性の身で、その話題に触れずにはいられない衝動・文芸ファンの間にひそかに流れる了解のようなものが、あったように思う。

竹宮恵子と編集者が起こしたことは、おとなの間のひそかな了解・嗜みだったものの、低年齢化だ。

寺山修司は、『風と木の詩』が発表された1976年には、41歳だった。

横溝正史『犬神家の一族』は1951年、手塚治虫『鉄腕アトム』連載開始は1952年、『リボンの騎士』は1953年だ。いずれが最も人気だっただろうか。

1950年代に、すでに10代後半に達していた人は、もっぱら文芸に親しんで、漫画を読む経験をまったくしていなかったかもしれない。

いま、2014年だから、寺山と同じ1935年生まれの人は、79歳だ。彼らは、マンガ世代とは見なされていない。

1970年代後半、寺山と同じ40代の女性として、もっぱら詩作と文芸に傾倒していた人が、寺山が絶賛したというので、珍しく少女漫画を読んでみて「あらあら、最近は若い人がこんなものを描くようになったのねェ……」と思ったかもしれない。

低年齢化した後に、その一部が男性の描いた官能作品を参考に、より大胆な描写へ向けて舵を切ったのは、現象の氷山の一角に過ぎない。


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