SFというのは、もともと外国のおじさんが書いた小説だった。

  08, 2014 09:08
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日本の子供は、それを読みこなすことができない。

小説が外国で映画化されても、日本の子供は見に行けない。

日本人の大人が翻訳出版し、あるいは映画を輸入し、字幕をつけて上映するが、漢字が読めない子供には、やっぱり読みこなせないし、映画館へ行く小遣いもない。そもそも、子供は長いこと黙って座っていたくない。

淀川氏は、奇特な例だ。

日本人のおじさん(おにいさん)が翻訳小説を読み、映画を見てきて、小学生が一時間以上も座っていなくても、10分くらいで読んでしまえる作品に描き直す。

それが漫画の役割(のひとつ)となった。藤子両氏は、その第一人者だ。

少年美の愛好自体は、古くから行われていた。西欧ルネサンス、日本中世の絵巻物。若者の一部が有する独特の美に関する、多くの絵画・詩歌が残されている。

学生・生徒時代の悪戯行為も、軍医閣下が書いてしまった。

1970年代に、ちょっと様子が変わった。

高校・大学へ進学して、古典文学や歴史を研究しなくても、都市部にしか存在しない能楽堂や歌舞伎劇場へ行かなくても、大枚を財布にしのばせて夜の銀座へ出向かなくても、パリやフィレンツェまで飛ばなくても、その情緒を印刷物として、粗悪な紙の上に味わうことができる。

低年齢で、収入の低い者たちにも、衆道の美学を伝える。

これが、二十四年組と、彼女たちを担当した編集者の果たした功績だ。

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