団塊の世代は、イマジンの精神をもって職場改革を成し遂げたのではないのか。

  16, 2014 13:08
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革命とラブアンドピース、男女平等とフリーセックスの時代を知る団塊の世代が、今年、全員65歳になる。

彼らのほとんどがすでに引退したはずの職場で、いまだに飲む打つ買うを尊重するオッサン主義と、男性の育児を嘲笑する風潮があり、若い男女がやりにくくて仕方がないのは、どういうことだ。

団塊の世代は、イマジンの精神をもって職場改革を成し遂げたのではないのか。

地方の現実を思うに、町内会では75歳~80歳のじっさま達が決定権を握っている。

30代男性は、充分に子供の世話に参加している。

40代は、中学生の親として子ども会行事の立役者だ。

50代は高校生の親だから、今さら女性の活用などと失礼なことを言われなくても、男女そろって懸命に働いている。

60代は? 彼らも働いている。年金をもらえるまでの生活費と老後の貯えが必要だ。育児を手伝ってくれる母なんて、もういない。

70代前半は? いま40歳くらいの人々の親だ。その一部は引きこもり生活を支えている。残念ながら、あと10年くらいの間に、その生活は成り立たなくなる。

今年もっとも若い後期高齢者となる人は、1940年の生まれだ。東京五輪招致を成し遂げた偉大な人々のうちの一番若いもんとして、当時は懸命に働いていただろう。


【1940年生まれの人と、その先達】

1940年生まれは、1952年頃には、12歳だった。鉄腕アトムなら好きかもしれない。

1956年に、早い人は中卒で働き始めた。

1959年に、高卒で働き始めた人も多かっただろう。

1963年頃には、23歳だった。大学新卒だ。アトムのアニメ版は、見ていないかもしれない。

彼らを直接指導した職場の先輩は、1930年頃の生まれ。戦中には海兵団に志願したかもしれないが、戦場へは殆ど出ていない。

それより上の責任者だった人は、1920年頃の生まれ。1945年に復員したとき、25歳。

もっと上の責任者だった人は、1910年頃の生まれ。大正時代だ。1945年に復員したとき、35歳。

後に続く世代の誰も、頭が上がらない人々だ。

トップにいた人は、1900年頃の生まれ。

1940年生まれは、明治の男を知っている。

1950年代、手塚治虫が本格始動した頃、この明治の男たちが「SF漫画なんて下らない」って言ったかもしれない。当時50歳代で、一部は教育現場の責任者だっただろう。

1940年生まれは、手塚漫画を読んでいて、明治生まれの先生に叱られた経験があったかもしれない。

彼ら自身は、1973年頃には、33歳だった。10歳ほど年下の団塊の世代を、職場の先輩として直接指導しただろう。

1975年頃には、35歳だった。ヤマトを見ただろうか。

1985年頃には、45歳だった。彼らのごく一部が、少年漫画の方向性を決めたかもしれない。

1995年頃には、55歳だった。不況を乗り切る手段は、女性が描いた特殊な漫画の活用だったかもしれない。

2005年頃には、65歳だった。幼稚園児の孫に、ポータブルゲーム機の最新版をねだられただろうか。


【明治の遺産】

と、こう見てくると、明治生まれの企業トップなどが、1960年代の若造である1940年生まれに手本を示し、その1940年生まれが戦場帰りに連れられて飲み歩き、30代の先輩として、髪を切って就職した団塊の世代を社会人に鍛え上げた、となるんではないか。

団塊の世代も、地方在住で、ビートルズなんか関係なかったという人も多いだろう。10歳年上の先輩のやることを、そっくり真似た人も多かったろう。

良くも悪くも、明治の男の気風は、団塊の世代まで受け継がれている。

1980年頃、団塊自身が30代の先輩として迎えたのは、その年に満23歳を迎える大学新卒者として、1957年生まれだ。

鉄腕アトムを幼稚園児~小学校低学年として熱い思いをもって視聴しただろう。1975年には、18歳。ごく一部だが、宇宙戦艦ヤマトに敬礼を送った。今年、57歳。

1975年頃には、本物の戦場を知っている1910年代、20年代生まれが健在だったので、もしかしたら外人みたいな茶髪の若者と金髪の女がヤマトへ乗り組む姿を、冷たーーい目で見ていたかもしれない。

……それに反感を覚えただろう、この1957年生まれの世代くらいから、せめて育児参加くらいは認めてやってほしいもんだなァと思う。

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