【弘法大師から始まったというのは一種の宣伝だと思う】

  02, 2014 10:53
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先史時代から、LGBTはいたと思う。

現代消費文化の過剰によって「変な子になってしまった」のではなく、どんな時代・場所にも一定の割合で生まれてくるものだと思うべきだ。

原始的な生活を考えてみると、すべての労働を人力でこなさなければならない。一人でも欠けたら集団が困るということがあり得る。だから排除したとは限らないんじゃないか。「第三の性」を認める文化もある。

とりあえず六人一組の「ブラボー小隊」で狩猟には困らないから、七人目が気の優しい奴だったら、羊の番をさせておけ、とか。

そして羊番の想像力の中から、すてきな太陽神が降臨して、王家の若君と仲良くなる……という物語が生まれてきたとしても、不思議はないような気がする。

僧院には、もともと女性に触れたくないので(見合い結婚させられたくないから)出家したという人が、古くからいたかもしれない。

仔細あって剃髪したが、彼女と泣く泣く別れてきたなどというストレート男性の一部が、代償行為を必要としたということも、古くからあっただろう。

大師さまと一緒に海外から渡ってきた習慣ということにしておけば、「舶来のおしゃれな文化」ってことで、通りがいい。



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