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【1990年代初頭には耽美という言葉が生きていた。】

『間の楔』が最初に評判をとって、恩田尚之作画でOVA化された頃、その文芸カテゴリを示す単語として「帯」などに印刷されていた言葉は「耽美ロマン」だった。

「私もこんなハードカバー本を出版できる耽美作家になりたい」と思う人は、オリジナル耽美小説(または漫画)を書いて、編集部への投稿活動を続けていたはずだ。

「編集部の皆さん、わたしの作品なんて、山も落ちもないですから、読まなくていいです。てへぺろ」とは言うまい。ぜひとも読んでもらい、評価してもらわなくてはならない。

例えばヒッチコックの二番煎じに過ぎない素人作品であっても、ミステリーはミステリー、ホラーはホラーである。自費出版すれば「素人によるオリジナル推理小説で、お眼汚しかもしれませんが、よかったら、お手に取ってみて下さい」となる。

耽美と呼ばれる女製男色小説も同断で、「素人によるオリジナル耽美で、まだまだ未熟かもしれませんが、よかったら(以下略)」となるはずだ。

では、耽美という言葉がすでに存在し、使い続けられていたところで「耽美ではなく、やおいです」と言わなければならなかったものは何か。

わざわざ自腹を切って、プロ職工の手をわずらわせ、製本してもらい、公共施設を借りて販売しておきながら、「山も落ちもないから、男性は読んではいけません」と奇妙な自己申告をしなければならなかったものは何か。

一般に耽美作品は世間の理解度が低く、表現規制・逮捕などの恐れがあると思うのであれば、自費出版を諦めればよいし、諦めきれなければ、雑誌JUNEを拠点としたプロ耽美作家と合流して「表現の自由を守る運動」を起こしてもよい。

それもできないものは何か。

編集部への投稿に向かない作品である。
何本書いても雑誌に掲載されず、プロデビューにつながらない作品である。
地道な投稿活動からデビューを果たしたプロ作家が見れば、眉をひそめるであろう存在である。

……二次創作だ。

そこにおいて用いられる手法は「ある既成作品中において、ストレート男性として紹介された登場人物たちを、男色に関心のある人物として(端的には少女漫画の技法で)描き直す」というものだ。なぜそのような作業をするのか。

男色物語の面白みを、すでに知っているからである。


【発生源】

どこで最初に知ったかは問わない。二十四年組漫画作品という声は高いが、それ自体がすでに自費出版物(または肉筆回覧物)として流通していた素人作品の動きをキャッチした「後だし」の可能性がある。

一番簡単な発生源は「男性が書いたものの真似・展開」だ。

前近代の古典作者・明治期の文豪・三島・横溝・水上・吉行などに実体験があったかどうかは定かでない。彼らも「そういう世界がある」という伝聞に基づいて書いたに過ぎない(かもしれない)ものを読んで、素人が性の場面だけを詳しく想像してみること・書いてみることはあり得る。

次にオリジナル作品を構想するときに、主人公のイメージモデルとして映画俳優などを選択することもあり得る。

実際には映画の授賞式などにも夫人をともなう男性を、男色物語の主人公とする。鶏姦も経験させる。

そのような映画への出演依頼であれば断られるかもしれないが、非公式脚本の段階では、誰の目にも留まらない。

映画が流行れば映画、テレビドラマが流行ればテレビドラマ、テレビアニメが流行ればテレビアニメの登場人物をイメージモデルとする。

紀元前の昔から、男色といえば鶏姦と同義だと思われてきたから、男色物語を鑑賞したいといえば、鶏姦を見物したいという恐るべき趣味と、ほぼ同義となる。

あとは描写をどこで止めるかという技法の問題だ。

ハッピーエンドのプリンセス物語に向かって「新婚初夜の寝室も映せ」と言えば、映画館から叩き出されるだろう。

結婚したという以上、いずれはそういうことになるのが分かっていても、その手前で幕を閉じて拍手を送ることを好む人が大勢いるのは結構なことだ。

性描写を受け入れられる度合いなど人それぞれなのだから、プラトニック(に近い)味わいを好むからといって、嘘つき呼ばわりされたり、罵倒されることがあってはならない。

というわけで、べつに難しい話ではないが、その「恐るべき趣味」に基づいて描いた表現物を「何と呼ぶか」については、やや困難があった。

ここで「女性による男色小説」と言い切ってしまっていれば、それをもう少し呼びやすく短縮した場合、1960年代のセンスとして、何になっていたろうか……


【耽美とは】

「耽美」とは、字義通りなら「美しいものに夢中になること」だ。

それが緊縛・鞭打ち・蝋燭責め・生卵を用いた悪戯・果ては少年趣味を意味することは、文字そのものからは感得されない。

つまり、耽美という言葉も、じつは暗喩であり、明言しにくいものを暗示する隠語だ。

美しいものに夢中になり過ぎて、人間としての理性を失い、相手(さらには自分)が未成年者であることも忘れて、淫行・危険行為に及ぶことが、ここでの耽美の意味だ。

さらには、自分が本来ストレートであることも忘れて、同性への淫行・危険行為に及ぶことだ。

さらには、自分が本来ストレートであることも忘れて同性への淫行・危険行為に及ぶ人物をわざわざ設定して、見物したがることだ。

耽美とやおいの関係を、あえて整理すれば、「既成のストレート物語の耽美物語化が、やおい」だ。

が……既成のスポーツ漫画を潤一郎ふうに耽美化するということも可能だ。すなわち、女子マネージャーが鞭を持つ。

鬼六ふうに耽美化することも可能だ。すなわち、女子マネージャーを男子部員全員が取り囲む。

耽美という言葉で呼ばれていたものが、ある日とつぜん「やおい」になってしまった印象があるが、その切り替えの理由について明確な答えを持っている人も少ないだろう。

考えられるのは……

「耽美の解説をします」といえば、川端康成作品、団鬼六作品、デレク・ジャーマン作品を連想することもあり得る。

やおいという言葉は、より端的に「ストレートの男色化」を指示し得た。そもそも、そのような技法によって制作された作品を示す単語として、自費出版者の間で採用されたからだ。

オリジナル創作者としての耽美派と、二次創作者としての「やおい」派の間に確執がなかったこともない。

雑誌JUNEが1990年代半ばに力尽きて、同人畑出身の作家によるライトノベル・漫画が盛んになったという趨勢があった。

ゲイは雑誌JUNEの二枚看板ともいえた竹宮恵子・栗本薫へ向かって「耽美は氏ね」と言うこともできた。が、彼らは好んで「やおい」という言葉を使った。

男性作家に私淑したつもりで耽美を僭称できるほど高級なものかという非難の意を込めて、自分たちが「おかま」と呼ばれるのに似た猥雑な響きをもつ隠語を用いて意趣返しをした……という含みがあったろうかと思う。

女性が男色に興味を示す現象全般が、耽美から「やおい」と呼びかえられた、タイミング的にこれが決定打となったと思われるが、書店において「やおいコーナーはこちらです」というポップが使用されたことはないだろう。

プロの発行人として、「当社が大切なお客様にお売りする書籍は、山も落ちもない駄作でございます」と言うわけにはいかないからだ。代わって正式採用されたと言えるのが、ボーイズラブだ。最近は海外でも通用している。

やおいという言葉は、一度も、文芸カテゴリを示す正式名称となったことがない。迂闊に使用されないことを望むものである。(最近は使用例も減ったけども)


【山なし落ちなしという言葉の流用と遡及】

山も落ちも意味もない、でも描きたい・発表したい。

じつは前向きな気持ちを暗喩した単語は、もともとは(表現力の点で前代に劣る)若い世代の作家が、規範からの自由を求めた運動の標語のようなものだった。

その周囲に結集した素人女性(の一部)が、なにものからも自由に描きたいものが「ストレートの男色化」だったから、排他的にそれを示す単語として、意味がすり替わった。

もともとは他人が違う意味で言った言葉の流用なんだから、情けないといえばいえるし、もともと借りた物に自分の名前を書くような創作活動をしてるんだから、象徴的とも言える。

ここで立ち戻って、耽美という言葉の用法を、より深く考えてみると、そもそも女だてらに男同士の恋を書いてみたいという(理解されにくい)動機を、なんとか形あるものに整えようと骨折って、成功したものとして投稿し、高評価を得た名手の作品を、いざ売る段階になって編集者がつけた名称が、「耽美」であったろう。

誰も書けとも言っていない作品を、たとえば森茉莉が書いて編集者に見せたとき、ミステリーでもなく、ホラーでもなく、特殊な恋愛物語だから、耽美ロマンに分類する他ない……ということであったろう。(耽美そのものは根が古い)

ということは、「その種の」耽美作品成立の前提となる動機そのものについては、例えばSM趣味とも、窃視趣味とも名づけられていない。窃視趣味の一種にゃ違いないが、より端的に男性同士を志向する「それ」は、名づけられていない感情だった。

女性が男同士の人間関係の可能性の広さに気づいて、ドキリとする。

三島作品の一場面にならえば、“禁色趣味”だろうか? 男たちの出会いの舞台となった喫茶店の名前をとって、“ルドン趣味”が、命名法としては当時っぽいかしらん。(鏑木趣味じゃ地味だ)

他人の性を見てしまったという衝撃を、人によっては「自由を得た」と感じるのは、当人にとって日常的・常識的な男女の世界から、ふいにさらわれて旅立ったような気分を覚えるからだ。

それを非常に恐れて元の世界へ戻ろうとする人と、戻らなくてもよいと思う人との間には、やはり精神分析したくなるような差異があるのかもしれないが……

それはともかく、そのような(当人にとっての)逸脱を喜ぶ感情に、発生順からいって後に来た単語が遡及して適用されたのが、耽美から“やおい”への名称の変遷だ。

表面的な順序からいうと、プロ(の卵)が懸命に構築した「耽美物語」を、その動機にまで立ち戻って分解し、そのまま陳列するという暴挙に出たのが「やおい」だが、そもそも耽美として構築を見る前の素人作家の世界では、本当はずいぶん古くから、部品に過ぎないものが、玉石混交の状態で、日本中に薄く広く散らばっていたのかもしれない。

なお、ストレート男性の中にも「常識的な男女の世界からの飛躍」を喜ぶ人はいるはずで、男性における美童趣味であるとか、男性がBLを鑑賞する趣味であるとかは、当然だろうと思う。

また、飛躍して高みの見物されて終わっちゃ困るんで、もう少し足元の現実を見てくれというゲイ界の主張こそ、至極もっともである。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。