【やおい論の禍根。】

  04, 2014 15:00
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「私がこんなふうになってしまったのは、お母さんのせいだ。だって、BLは家庭不和に悩む女の子が『はまる』分野だもの」

いまだにこのように思い込む女性を生んだことが、かつての「やおい論」の残した禍根ではないかと思っている。

さまざまな徴候からして、二次創作BLというのは、意気盛んな女子学生または女子高生の間から、男子学生の一部を夢中にさせる「男のロマン」へ切り返すジョークとして始まった。

小説や漫画を自分で書いてみようと思うほどの人は「漢字が苦手」「じっと座っているのが苦手」というタイプではない。どちらかといえば、優等生のはずだ。

それが舌鋒鋭いところを披露したというわけだが、だからといって、その背景に残酷な成育史を設定する必要はない。

女子学生たるもの、せっかく進学したのだから「早く地元へ帰って、お嫁さんになりたいわ。その後は新刊書も購入せず、コンサートへも海外へも行かないのよ」とは言うまい。

医師免許・教員免許・学芸員資格・国家公務員・研究職……さまざまな夢を抱き、都会における自立・栄達を求めていただろう。ロールモデルとしては赤松良子氏がいたと言えばいいと思う。

「卒業後は社会に出て、バリバリ働くわ」という、その期間は25歳までだったか、30歳までだったか、時代により、個人により違っただろうが、ともかく「当面の間は、お母さんのような、ただの主婦にはならない」という覚悟と自負があっただろう。

だからといって、母親から虐待を受け、家庭不和を生じ、実家を飛び出してきたとは限らない。多くが、学費と下宿費を保護者に負担してもらっていただろう。

そもそも母親の「私は無理だったけど、あんたは女一人で頑張りなさい」という理解の元に上京してきたかもしれないし、夏休みには実家へ帰って先祖の墓に手を合わせただろうし、高校生であれば、即売会の朝には母親の支度してくれた朝ご飯を食べ、小遣いをもらって、「行ってきま~~す」と言っただろう。

思うに、ゲイフォビアと、1980年代の「荒れる中高生」という印象に大人のほうが心急かされて、「容易ならざる心の闇をかかえた少女たち」というイメージが描かれた。

それが「産まない性に感情移入している」といった式の分析を生んだ。

そこからは、自信を喪失した哀れな姿が浮かんでくるが、実像とは乖離している。

実像は(人にもよるが)愛らしいドレスを流行させ、みずから印刷所と交渉し、大胆にもフルカラー同人誌を生んでいった。

いわゆる普通のOLさんらしい身なりとは、もっと乖離している。

二次創作者、なかんずく官能作品の作者は、表立って活動しない。公表を前提にインタビューに応じたり、数万件のアンケート回収に協力を約束してくれることも少ない。代表機関のようなものも存在しない。

まがりなりにも社会学者を名のる人々が、本来の分析手法を適用せず、漏れ聞こえてくる憶測を基に、あらぬ「論」を展開したことは、日本の社会学・フェミニズム、ひいてはアカデミズムの信用を失墜させたんじゃないか。

今でもちょっと、そのように危惧している。


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