【SFの基本は風刺精神。】

  04, 2014 17:00
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宮崎駿監督のアカデミー名誉賞受賞を報じるのと同じ夕刊に、世田谷で開催中のSF展の紹介記事が載った。静岡新聞、GJ。

両者に共通する言葉は「現代文明への批判」だ。地震が来たら原発どーすんだという課題を抱える静岡県だから、文明批判の言葉には、記者も熱が籠もる。

1974年、宇宙戦艦ヤマトは、オイルショックに喘ぐ大地を蹴って、公害の空を飛んだ。その雄姿には、じつは……

「戦後の日本が築き上げた現代文明なんて、全部まやかしで、役立たずだ。あの困難な時代に巨大戦艦を造り上げた人々のほうが立派だった。男気があった」

という風刺が籠められている。

しかも、そこに乗り組んだ若者がビートルズそこのけの茶髪で、嫁さんになる女性は金髪だったんだから、日本人の(旧世代の)男女が丸ごと否定されている。

そもそも現代文明というのは、西欧産業革命・近代世界システムに根ざしている。

それが蓄積した富と武力に大敗した日本人の子孫たちが、西欧近代の行く末を冷たい目で見守り、「いずれダメになる」と予言することには、意味があった。

この精神は、日本の純文学の精神でもある。

明治の文学者は、西欧人の書いたものを読んで「俺たちに何が書ける?」と考えた。おおいに参考になったのは、ロシア人が書いたものだった。

ロシアとは、英仏に比べて、近代化に遅れを取った国だ。

それが西欧式システムの端っこに組み込まれ、搾取されることを回避しようとして、新しい価値観を採用した。日本人は強い関心をもって見守り、研究した。

資本主義は進化すると、やがて共産主義になる、と信じられた。では、進化した共産主義は、どこへ行くのか。

ユートピアか、デストピアか。

だから、日本ではSFが盛んなんである。マルキシズムが盛んだったのと同じ時代に盛んだったんである。とくに若者に受け入れられたんである。

若者は、つねに大人が成し遂げたものに対して、批判的であるから。

「くだらない」と言われた手塚は、ファシズムと仏教を描き、当初は理解されなかった駿は、アジアの自然を賛美し、零戦を描いて筆を擱いた。

そしてじつは、女性がこの風刺精神を正しく受け継ぐと、高らかに謳い上げられた男のロマンに対して、「まァ素敵ね。こちらも負けてはいられないわ。それなら、こっちは女のロマンよ」と言い出す……

そして、アニメ化した日本SFという流れの上層を、今もなお滔々として満たし続けるのが「ジブリ」という泉に発する清い流れだとするならば、いつの間にか下層のほうで泥を巻き上げながら驀進していたのが「人間なんて、どうせエロしか求めてないんでしょ」という根源的な批判精神だった。

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