【吊橋理論から同性愛が生まれるかという疑問には】

  07, 2014 00:33
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全力で「無理!」と、お答えする。

これは女流耽美を読んだ人が起こしやすい勘違いであり、そもそも女流耽美が生まれてくる契機ともなる勘違いである。

(なお、たんに耽美というと谷崎・川端さらには団との混同を呼ぶので、あえて女流耽美と呼んでみる。)


吊橋理論というのは、危険・不安を共有した人同士は強い情緒的絆で結ばれ、異性同士であれば恋愛に発展することもあるという説だ。

「彼または彼女を連れて、ジェットコースターに乗る・お化け屋敷へ入る」などという応用が可能だろう。

同性同士であれば、親友になるというべきだ。

優勝のプレッシャーを共有した部活動仲間、弾丸の下をくぐり抜けた戦友、創業の苦労をともにした社員、すっごい怖がりな男子同士……

たまさかに同性愛者同士であれば恋愛も始まるかもしれないが、ストレート同士が「はずみ」で同性間交渉に至るということはない。

(なお、ストレートとは、英語で「異性を好む人」を指す。日本語では「ヘテロ」というラテン語が流布しているが、これは対義語が、既にゲイ界からクレームのついている「ホモ」になるので、非推奨だ。)

たとえば。

ストレート女性は、自分が「難破船で女性と二人きり」という状況を想像してみるといい。

船がグラリと傾いた瞬間に「キャーー」と叫んで抱き合うかもしれないが、「今生の名残に、下着まで脱ぎ捨てて、お互いの全てを確かめ合いましょう!」と言うわけはない。

たぶん想像しただけで「うッ」となるだろう。ストレートとして当然の反応だ。

おそらく実際には、それぞれに「最後に一目○○くんに会いたかった」とか思うだろう。

でも男性同士はボディタッチが多い、と言われれば「それ以上には進まない」という暗黙の前提があるからだ。

さらに、ある種の接触は、先輩が後輩を驚かせたり、「根性なしめ」とからかう行為であって、パワハラの一種に過ぎない。

前に触れたから次は後ろ、頬に接吻したから次は下半身……と想像を進めるのは、見る人自身が自分の経験(少なくとも創作物の鑑賞経験)から、連想を始めたに過ぎない。

これは「この店の○○は絶品だから、きっと貴方も食べたがると思って、二人ぶん注文しておいてあげたわ」とか、「お母さんはこの模様の洋服が大好きだから、きっと貴方も気に入ると思って買ってきてあげたわ」というような、女性にありがちなお節介にも通じる。

娘時代に母親のそのような態度に辟易して実家をおん出て来たという人が、「男の人も、男の人を好きになっちゃうことってあるんでしょ?(だって○○君ってカッコいいもんね)」と自分の好みを基準に考えるなら、母親と同じことをしている。

もちろん実在男性に向かって「やりたい気持ちになる?」などと聞いてはならない。セクハラである。

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