【やおい少女というイメージ消費。】

  10, 2014 23:00
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二十四年組は、たいした性描写などしていない。中高生がそれを雑誌上で読んでいるだけなら、彼女たちの性の知識は増えず、描写は深化しない。

中高生が成人雑誌を買い漁り、それを参考に学内でポルノ製造に励んでいたとあっては由々しき事態だが、事実はその通りだったろうか。

1976年に『風と木の詩』連載開始に高校三年生で立ち会った人は、翌年には高校を卒業し、18歳以上の成人となる。

一部の人は進学・上京し、親の眼を気にせずに成人雑誌・団鬼六作品などを購入して、竹宮が描いたよりも踏み込んだ性愛描写に挑戦し、出版社へ送ってみることが可能だったろう。

1978年に専門雑誌『JUNE』が創刊された頃には、彼女は選挙権も獲得する。

さかのぼって1972年に、萩尾『ポーの一族』を13歳で読んだ人はどうか。作品自体は少年同士の性愛を描いていないが、血液を介した深い親交というモチーフに或る種の情緒を感じた人が、二次的創作を始めたとして、1978年には19歳になっている。

この頃は、テレビアニメにおけるスペースオペラの花盛りでもある。

19歳以上に達した人々が一丸となって、専門雑誌または自費出版誌を活躍の舞台に、より踏み込んだ描写へ筆を進めても、差し支えない。

一方で、アニメファンというのは今でも「友達すくない」と自己申告せざるを得ない。

ある程度の年齢に達して「受験勉強よりもアニメが大事」「県大会をめざす部活動よりも、その後の夜間に視聴する実写ドラマよりも、午後5時放映のアニメが好き」と言い切ることのできる人は、実際には少ない。

どこの中学・高校でも、漫画研究会・アニメ同好会が野球部・ブラスバンドに匹敵する大所帯ということは少ないだろう。

夜遅くまで街頭を暴走したり、ゲームセンターに入り浸ったりする生徒たちの中から、まがりなりにも科学知識にもとづいたSFアニメと、ロマン派文学とクラシック音楽の知識を下敷きとする少女漫画(美少年漫画)の両方に影響された耽美主義的小説群や、アニメに登場する単語の解説を『悪魔の辞典』ふうに記した用語集、放映一回分ごとの詳細な鑑賞記などが生まれてくるとも思いにくい。

アニパロは、その一見した印象に比べて、偏差値の高さを背景に持っている。

「大学受験に備えてテレビを見る暇もないほど猛勉強しながら、しかもアニメ好きな進学校の生徒」という、かなり狭い範囲から生まれてくる。

そのような少数派である同好の士が集結する機会、印刷を発注する数万円もの元手、もはや受験勉強を意識しなくても良い気楽さ……さまざまな要素から冷静に考えると、「パロディを原稿化しては印刷所に製本させ、大規模なイベントへ出品する」という活動の主力を担ったのは、すでに大学生・社会人であった人ではなかったか。

昔は固定電話回線が高価だったから、自室に引くことができなければ、実家へ連絡するためには、まかないつき下宿の女主人に頼んで黒電話を借りる必要があった。

あるいは玄関先に置かれた、10円入れる式のピンク電話だ。(高橋留美子『めぞん一刻』に登場した)

喫茶店は、男性が煙草を吸っているのが当たり前の場所だった。女性同士が他人(男性)に聞かれたくない会話に興じるならば、誰かの下宿部屋か、学食の片隅にでも集まる必要があった。

1980年代末以降の、電話で連絡を取り合ったので集結する必要はなかったという経験だけを元に、それ以外の時代は存在しなかったかのように思ってはいけない。

むしろ、バブル時代の大学生のほうが異常だった。

1970年代でも、高校生なら、多くの場合、自宅に黒電話が通じていただろうし、寝室へ女友達を招待して「お兄ちゃんとお父さんは立入禁止」ということができたかもしれない。

……でも家電を長時間占拠していると叱られるし、学校でアルバイトを禁止されていれば自費出版の費用と、上京する交通費に困る。アルバイトしようにも、ファミレスもコンビニも少なかったし。

パロディ同人界において、特定アニメ作品に関するブームが起きたとされる1981年は、1976年から5年が経過している。『風と木』の初回を雑誌上で読んだ高校1年生だった人も、すでに成人している。中学2年生だった人は、19歳の大学生となって上京してきている。中学1年生だった人も18歳に達している。

大学受験を控えた人は、あんまりロマン小説やパロディ漫画に夢中にならないほうがいいかもしれないが、年内に進路が定まっていたという人もいただろう。

有名なサッカー漫画の放映は、さらに2年後、1983年。

中学生が大挙して同人イベントへ押し寄せた(と伝えられる)のは、この後だ。

子供が「いま都会の若い女性の間で大人気」と聞かされたものに飛びつくのは当たり前だ。その商品が年齢制限をかけられていなければ「買ってもいい」と判断するのも当たり前だ。

その後になって流行に気づいた世間(学者)のほうは、どうやら実態を確かめることなく、「少女の間で奇妙な漫画が流行している」と聞かされただけで、「禁断の愛のイメージに無知な心身をうずかせる少女」というイメージを描いた。

それ自体が「危険な少女」というイメージ消費であり、少女趣味の産物だったろう。「早熟なのは仕方ない」と17歳の少女歌手が歌ったのは、1982年だった。(売野雅勇作詞、中森明菜歌唱『少女A』)

1982年には、同年代の少女タレント・少年タレントが一斉にデビューした。1985年には、現役高校生が放課後にタレント活動をするテレビ番組が始まって、人気を博した。後者の仕掛人は秋元さん。

……もしかしたら1969年のピーター(池畑慎之介)登場か、1971年の『ヴェニスに死す』以来、70年代を通じて美少年ブームがあって(男装の麗人はその一種)、それに対する巻き返しが1980年代の美少女ブーム(ロリアニメはその一種)で、どっちかっていうと後者のほうが勝ちを収めたような感じのまま、今でも続いているのかもしれない。



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