清盛第31回「伊豆の流人」観た。

  14, 2012 00:12
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やっと観た。第3部が若干地味に開幕したような気がいたします。ヤモリは家の守り。こっから源氏のターン。

禅尼様お疲れ様でした。今わの際の目の動きはお見事でした。史実と確実に一致していたのはこの方の存在感。ご主人様と浄土でお幸せに。ああ演技派が減っていく。

役者がみんな若すぎて親子関係がつかみにくいのどうにかならないかな……。たださえ人数多すぎて分かりにくいのに何この学芸会を無理して微笑ましく観る感じ。
日本のドラマに特有の現象のような気がするんだけども。能や歌舞伎なら役者の実年齢と役の年齢設定が逆転しちゃうことさえあるけども。

分からないといえば、蓮華王院が一瞬で出来たのはともかく、上皇と帝の対立の意味が相当わからなくて、そもそも「欲しけりゃくれてやる」って自分から譲位したくせに今さら何いってるんだ松田くん。ふつう上皇は退位したものなんだからもうまつりごとには関わらなくていいんだ。
そしてまた線の細い二条帝は、どこがどう名君だったのか。後白河上皇に任せたら、何がどうやばくなるのか。彼が帝だった時代は世の中がどう乱れて、それを二条の時代にどう正したというのか。

当時の社会の様子・政治の動きがさっぱり描かれていないものだから、対立する意味が分からない。日曜八時路線を捨てて歴史マニア向けならそれでもいいけど、それにしては安っぽいホームコメディばかりやっているじゃないか。

なぜみんなあんなにちゃぶ台返し親父なんだ。そしてなぜ相変わらず平家は意志の統一がとれていないのだ。政治家は息子にスタンドプレーを許しちゃいけないだろう。がんじがらめに逆らえないようにしとけ。そーいえば時忠を窓格子の隙間からのぞいていた伏線らしきものはやっぱり回収されなかった。「このころ二条帝は」この頃ってどの頃だ先刻まで元気だったぞ。

相変わらずというべきか、アルバムをめくるように話運びがブツ切りだ。修羅の道っていうか行き当たりばったりだ。みんなで怒鳴ってるだけだ……。歴史ドラマってこんなものか? あったことを淡々と語るだけだから?

果たして遠い東国からきた他人の目で見て、清盛は恐ろしい政治家なのか。視聴者は彼を恐ろしく思っているのか。イメージ先行、セリフで説明。念のため君は青くそかったぞ清盛(日本中が突っ込んだだろう)

公卿たちが儀式の最中に平気で私語するマンガ演出もやれやれだが、一度もまともに儀式が執り行われたことないのな、この宮廷。

一度、奇をてらう場面作りとナレーションでまとめちゃうことを封じてみるといいんじゃないかと思う。

伊豆のほのぼのカップルは可愛かったけども。
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