【二次創作の自然淘汰。】

  19, 2014 21:33
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なぜ、二次創作は粗雑でも良かったのか。プロの作品として発表できないからです。

「プロの名にかけて」という理念が与えられなければ、人はいくらでも低きに流れるという一例です。

とくに“やおい”と呼ばれた現象は、それが二次創作であったという要因を抜きにしては、解明することはできません。

ここで発想を逆転させると、二次創作であっても発表できることにしてしまえば、目の肥えた鑑賞者を満足させる高度な作品が生まれ得ます。

「好きこそ物の上手なれ」とは申しますが、テレビ放映が終わってからも特定作品の二次創作を続ける人は、ひじょうに技術が高いものです。

何年も前から同じ題材が好きで、その二次創作を見守り続けてきた人々の鑑賞眼に支えられているからです。

これが即売会を舞台に自然発生的に生じたのが1980年代後半で、腕の立つ人の作品だけをまとめた自費出版誌なら割高でも買うよという人が増えたから、個人誌という形態が成り立ったのです。

たとえ創作者同士のトラブルによって、サークルが分裂し、個人営業化したとしても、面白くない自費出版誌など、誰も買いません。

したがって「トラブルがあったから」というのは、後付けの理由です。すべてのサークルでトラブルが発生したわけでもないでしょう。

起きたことは、才能の自然淘汰です。


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