【清盛語り】おとがめはないと信じている。

  23, 2012 11:37
  •  0
  •  -
「タイムスリップして憧れの信長さまにインタビューし、見どころのある少女として可愛がられたい・彼を『おじさま~~』と呼んでみたい、歴女の夢の実現」というレビューは、『江』の時に読んだ。

「今回はとうとうBLになってしまったんだな」とは第1話冒頭で思った。べつにそれならそれで楽しく観ることができる層向けに制作すればいいんだけど、問題は、キャラクターの行動原理が独特なものになってしまうので、辻褄が合わなくなることだ。

第32回「百日の太政大臣」は、絵的な第一印象の美しさで「よし」としたけど、「なにもここで院が手の内をさらす必要はあるまい」とは思った。

「俺を……もてあそんだのですね……」
「やっと気づいたか。お前は永遠に俺のものだ」
「でも、貴男の掌は心地よい……」

あの場面は、こんな感じですか(´・ω・`) 「権謀術数うずまく宮廷社会を武力でのし上がった男の物語」と思って観ていると、ここで清盛がグッとこらえた理由がよく分からないはずだ。

滋子の子は、彼にとって後白河にとられた人質ではない。逆だ。

「太政大臣はたいしたことない」と後で気づいて「しまった!」なら筋が通るけど、院が「お前を大臣にはしてやらねー」と先に言ってしまったなら、清盛としては「お前こそいつまでも居座ってないで御室にでも引っ込んで写経してろ、こっちは高倉をさっさと即位させて俺が摂政になったるわ!おい盛国!みんな呼んで来い!戦争じゃあ!」っていう機会を得る。

仮に公卿を敵にまわしては(宮中のしきたりが分からず)践祚の儀式をとり行うことができないとしても、この機会にすべて武士流に改めちゃってもいいし、もっと簡単なのは、基房を斬っちゃえばいいのだ。誰かがビビって協力してくれるだろう。

源氏は立ち直っていないからむしろ今が好機だ。史実がそれをしなかったのは、その必要がなかった、そこまで追い詰められていなかったからだ。

二度の乱の生き残りは、清盛の動向が権力の趨勢を決めることを骨身にしみて感じたはずだ。清盛のごきげんを取る必要を「末世じゃ」「今にみておれ」と思いつつも、感じていたはずだ。
彼らが平家の武力を恐れていなかったのだとしたら、「強大な軍事力による権力掌握の可能性を示した、日本初の武士政権」という学説が崩れる(´・ω・`)

後白河院は「滋子の子を即位させる」で清盛と思惑が一致してるんだから、「これからもよろしくね♪」と表面をとりつくろっておけば充分だ。
屈辱は陰で「うまく行ったな」と基実の家人をほめてつかわすことで発散しておけばいい、とりあえず。視聴者が「この人はやっぱりタヌキだな」と納得すればいいので、本人にしゃべり散らす必要はない。

大事な宮中儀式とはいえ、夜の酒宴であるし、もともとフリーダムな人間だから、「ひとり仮面舞踏会」状態なのは百歩譲って許すとしても、人前で愚弄しては軍事クーデターをオススメしているようなものだ。

が、源氏が都落ちしている現状では、彼が頼りにできる手勢なんて無い。また一本御書所に幽閉されたら、こんどは六波羅に逃れることもできない。実際に間もなく始まる政変では、福原から長駆してきて疲れた(はずの)軍勢にあっさり幽閉されている。

屈辱的に追い詰めておいて「何も起こりません」ではドラマが成り立たない。相手をハメたと信じて調子に乗り、べらべら喋り散らす者が次の瞬間には一敗地にまみれる、そのように展開しないと意味がない。

清盛がグッとこらえた理由は、「院の権威に屈した」からだ。犬では終わらないと言っていた者が、いちばん犬らしく振舞っている。例えとしては「葵の印籠」の前にひれ伏したようなもので、後白河院自身が「わしの権威に背く者などあろうはずがない」という理屈に立脚してしまっている。

「武士の世・民衆のための政治・宗教的権威なんて屁の河童」みたいなことを言っていた清盛が、急に宮中の段取りを重んじることにした理由は、示されていない。信西が院派の公卿の裏切りで露と消えたいま、もう政治を院と公卿の好きにはさせない!と立ち上がってもいいのだ。ドラマの筋は、もうずいぶん前に破綻してしまっている。



第1話では、平家を滅亡させて一族郎党の意気が上がってるんだから、源氏の棟梁としてはウソでもいいから「お前たちのおかげだ、これからもよろしく頼む」とでも言って、いい気分にさせてやらなきゃならないところだ。

そこで「黙れ、平家こそ恩人だ」みたいなことを言ってしまっては、「俺たち道を間違えたのか? 俺たちに本当に必要だったのは、愛しあうことだったのか?」と家人に動揺が走るじゃないか。

「棟梁は俺たちの働きを快く思っていない?」→「お考えが分からない」→「もうあんな人にはついていけない」→「やられる前にやれ」→反乱勃発。

……ってなっちゃうじゃないか。

いや、むしろそうならないと、ドラマとして意味がないんだ。その場面が設定された意味がないんだ。


「軍記物を読めば分かる場面は、今さら映像化しない」という点では、このドラマは一貫している。それ以外の場面を想像をたくましゅうして描く。それは良い。作家ならみんなやる。とくに清盛の母、最初の夫人など、記録ではぼかされている女性陣を魅力的に描いたのは功績だったと思う。

問題は、すぐれた政治家だったはずの主要な男性キャラクター達が、なぜか「自分の発言の重大さを意識していない」「先が読めない」者として描かれてしまっていることだ。

忠盛は、院にさからった女と、祟りのある赤ん坊をかくまうなら、自分も身分を捨て、命をかけるべきだ。日本の「王家」の権威が届かない外国まで逃げるべきだ。なぜ正盛とーちゃんにかばってもらえると思っているのか。一族郎党に迷惑かけてもいいと思っているのか。「話せば分かる」という判断の根拠はどこにあるのか。

参議になったばかりの重盛が親父の頭越しに二条帝に諫言したことも異常だ。他人の耳目もあるのだから「重盛は清盛と仲が良くない」「ことを構えようとしている」という噂を立てられただけでアウトだ。親父によって「あいつは廃嫡して出家させましたんで、これからは次男のほうをよろしく」って手を打たれる可能性だってある。


このドラマ、第1回から思っていたんだけど、「わざわざ紋服で正装して成人式に出席しておいて騒ぐ若者」みたいなところがある。おとがめを受けると思っていない。大ごとになると思っていない。『江』が歴女の夢なら、こっちは「お父さんが本当にあたしを家から追い出すはずがない」という反抗期の娘の理屈だ。

脚本家の限界なのか、若い視聴者に合わせたのかは分からない。白河院が「示しがつかないと、わしがコケにされる」と自分の口から説明しなければならなかった時点で、「よほど若い視聴者向けなのかな」とは思った……

言わなくてもいいっていうか言ってはいけないはずのことを口走る主要キャラ!重要な伏線が張られた!しかし本人が状況を理解していない! → しかも本当に大ごとにならない → ドラマが展開しない → 起こると予想された悲劇・反乱などが起きない → つまんない、と判断する層がおり、これが視聴率低下の原因と(個人的に)見る。

裏にあった陰謀が暴露された! 刺激的! かっこいい! 色っぽい! 今までになかった!(そりゃそうだ)
……という見方をする層もおり、衣装などの絵的な美しさ(と、もちろん若い俳優陣の人気)によって楽しく見ている。ただしこちらはPC・スマホ・録画機材などを自在に操る層でもあり、その行動がモニター数字に表れてこない。

んだから放映のたびにツイッターやファンブログは盛り上がるのに数字が出ない、という現象が繰り返されている。

ここまで書いている以上、ここのブログ主も「目の保養だ」と思いながら楽しく見てはいるわけで、「それにしてもこれほど脚本家の若さ・世界観がさらけ出されちゃうドラマも珍しいな」と思っている。「こういうのが放映される時代になったのか」と思っている。

というわけで、これからのドラマは、特定層向けの有料放送・ウェブ配信のような形態がいいだろう。1話ずつ課金すれば「今回は何人が観たか」が確実に分かる。1年契約では途中で見なくなった人を把握できない。「1年間観る!」と思うのも実は精神的負担がある。いわゆる1クール、13話でいったん終わらせるのがいいだろう。総集編や関連番組を放送して2回くらい間を置き、第2シーズンを鳴り物入りで始める。その繰り返しで1年間。全話購入した人にはキャッシュバック。


来年は近代の話だからあまり無理もできないはずだけど(鬼が笑っても来年に夢をつなぎたい)
Related Entries

0 Comments

Leave a comment