【古代ギリシャの男たちは秘密の愛を誓いません。】

  13, 2014 20:27
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日本人は民間語源的な情報をうのみにしやすいので気をつけましょうって話題の一例です。

ギリシャ神話では、星占いでもおなじみのゼウスとガニメデのように、男同士の愛が公認されておりましたから、薔薇の下で秘密裏に誓う必要がございません。

同性愛者は弱い男として差別され、身を隠していたわけでもありません。

念者・念弟の契りを戦士の団結を高めるものとして奨励していた都市国家の実在が伝えられています。

彼ら若き戦士たちの象徴ともいえるアポロンは銀弓の名手でした。ヘラクレスも小姓を寵愛しました。少年が行方不明になった時には、探し回ってアルゴー船の出発時間に遅れましたが、船長のイアソンは哀れに感じて出航を遅らせました。

秘密の愛を誓ったギリシャ神話とは、ホメーロスでしょうか。オイディウスでしょうか。第何節、何連でしょうか。考古学的発見でしょうか。

『薔薇族』を創刊した伊藤文学氏は、ゲイ当事者ではありません。思うに、彼は「アンダー・ザ・ローズ」という英語の言い回しとギリシャ神話を混同したのです。

澁澤龍彦が薔薇十字団を紹介しておりましたから、薔薇には秘密結社のイメージがありました。伊藤氏は繁華街の片隅で密会する男性たちを見て哀れに感じ、創刊を決意したといいます。

彼にとって、男子同性愛は秘密結社であり、迫害された愛であり、薔薇の下の十字架に掛けられていたわけで、イメージとしては正に「ローマン」チックで美しいですが、よく考えるまでもなく、差別の容認を前提にしています。

ゲイ・プライドを訴える雑誌の名前が「秘密族」なのは、ふさわしくありません。

同性愛男子の肉体的特徴を薔薇の花弁に例えるという下世話な説もありますが、海外のゲイは、自らを「ローズの仲間たち」だと思っておりません。「日本でのみ、同性愛男子を Bara って言うんだぜ」というトリビアが流布しております。

田亀源五郎の作品は「コミック・オブ・ローズ」ではなく「Bara-Manga」と紹介されたので、田亀自身が「そりゃやめてくれ」と抗議しました。

西欧文化の基本としては、薔薇はアプロディーテーであり、聖母マリアであり、一重咲きの原生種の左右に広がった花弁の形状から言っても、女性の美と異性愛の象徴です。

さらに五弁の薔薇は古典古代から書物によって伝えられた知恵の象徴でもあり、学術的ギルドの商売ネタとして、一般ピープルに対しては隠匿しておく必要があったものです。アト・ド・フリースの『イメージ・シンボル辞典』、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』あたりを見るといいかと思います。

なお「百合は女性のナルシシズムの象徴」というのも、伊藤氏の混同によるものです。ナルシシズムの象徴は、ナルキッソスであり、水仙です。

「うつむいて咲く白い花」というイメージと、「歩く姿は百合の花」という美女の例えが、彼の中で混同したものでしょう。

最大の勘違いは「レズビアンは女性のナルシシズムではない」点です。

「美しすぎて異性では満足できないので、同性愛になっちゃった」という理解は、同性愛に関する最大の勘違いです。

日本人が、うんちく話を論駁せずに「へーー!」と受け入れてしまうのは、権威筋を「よく知ってますねーー!」と持ち上げ、もって自分自身の保身・出世をはかるという、武士の時代の処世術に根ざすかと思われます。

外国人は、なぜ議論をふっかけるのか。彼らは「分からねェ奴だな。出世させてやらねーぞ」と言われることを恐れないからです。もともと日本社会で地歩を得ておりません。

したがって、逆に外国の国家・企業で高い地位を得ており、その利益を代表して議論をふっかけてくる人には、「日本ではシャレですって言えば許してもらえますw」という理屈では、通用しません。

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