【1940年、東宝『支那の夜』】

  15, 2015 20:21
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古い映画を年代順に見る冬休み企画。

愁いは清し、君ゆえに。美しい映画だと思います。

カメラの性能は決して良くありません。視野というか、撮影範囲が狭く、画面が丸いのです。でも構図には工夫が見られます。

BGMは殆ど使わず、登場人物の心理を丁寧に「絵」で語っています。後半におけるミュージカル映画としての聞かせどころも、鳴らし過ぎ感がなく、締まりが良いです。

編集にも間延びしたようなところがありません。ひじょうにセンスの良い制作陣です。

物語は一種のシンデレラ・ストーリーで、王子に当たるのが占領者である日本人なので、外国人を演じた主演女優・観客とも難しい気分になりますが、まずは古き良き時代の清潔感あるロマンスとして、まっすぐに評価して良いと思います。

監督の意図の中心は、なによりも主演女優を美しく撮ってあげたいということだったろうと思います。

戦禍の廃墟は克明に映し出され、平和だった頃の美景と対比されています。廃墟にたたずむヒロインのコートの裾をひるがえす一陣の風。

戦争の恐ろしさ、悲しさは充分に表現されているでしょう。

ヒロインが「こんなにしたのは誰ですか」と詰る場面では、彼女のほうが詰問される側の日本人女性よりも物理的に高い場所にいます。

それを黙って受けとめる日本女性の心映えの美しさも、重要なモティーフのようです。

二人の美女から愛される、目千両の長谷川一夫は、存在感たっぷりの素敵な王子様です。

気の強い女を殴って分からせるというのは、数年前のNHK大河ドラマ『平清盛』序盤にも登場しましたが、あちらには殴った男に反省がありませんでした。「古臭い手法だなァ」と思ったものですが、どうやら古い時代の制作陣のほうが冷静だったようです。

現代中国の演劇で「乱暴されそうになった女性が拳法で立ち向かう」という場面を見たことがあります。中国女性は殴られて反省するなんてことはないでしょう。徹底抗戦になると思います。ここは日本的な美化ですが、日本女性が見ても気分の良い場面ではないです。

でも、そこへ至るまでの日本人側からヒロインへの思い入れが、順を追って描かれているところが重要だろうと思います。長谷川の誠実な表情も良いです。

総じて日本人は良い人として描かれ、差別的なことを言いません。対する中国人も、過度に残酷であったり、そのわりに簡単に倒されるというようには描かれていません。これは勧善懲悪の痛快娯楽劇ではなく、女性を中心にした草の根の人的交流は可能だと本気で訴えているように思われます。

映画人というのは、平和でなければ映画を撮っていられませんから、基本的に反戦派だったろうと思うのです。

このあと真珠湾ということになりますが、『ハワイ・マレー沖海戦』も、戦意高揚映画と呼ばれるようでも、実質的なラストシーンは「青年士官の遺品(軍帽)を前に、勝利を伝える大本営発表ラジオを聞いても嬉しそうな顔をしない遺族」です。

本作へ戻ると、映画後半で満を持して鳴り響く名曲には「待ってました」の観客冥利が溢れます。占領側の観光気分という点で、真逆のネガティブ評価を下すことも可能なのですが、ここは蘇州の風光明媚と美男美女のお似合いぶりを堪能するということで良いと思います。

作劇の方法としては、前半で戦乱の過去を語り、後半は音楽的な娯楽性中心。ラストは神慮による奇跡か、やや取ってつけたようにハッピーエンドという進行具合が、お能と同じだなと思います。この頃にはまだ能の作法のようなものが生きていたのでしょう。

なお、古い日本映画の画質が荒いのは、古いからではなく、保存が悪いからだそうです。ガルボやディートリヒの出演作品は、もっと綺麗に見られるものです。湿気の問題もあるのでしょうが、映画を文化遺産として保存する意識が低かったせいらしいです。

現代技術によって修復されますように。女優の美と、蘇州の美が末永く伝えられますように。

平和の続くことを願います。ご冥福をお祈り致します。




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