【弘文堂アテネ文庫38、石田英一郎『一寸法師』】

  24, 2015 13:01
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学術書というのは大冊で、値段も高く、なかなか一般人が「仕事帰りにちょっと買っていこう」とか、「ちょっと読んでみよう」とは思わないものです。

が、中身の半分以上は引用元の注記や注釈で、肝心の著者の主張は、じっさいこのくらいの頁数に収まってしまったりするものです。

学術書として首尾ととのえれば大変に重い内容を、一般教養として安価に広めたアテネ文庫の意義は、真に尊いものだったと存じます。

本朝一寸法師とは何ものか?

日本共産党の志賀義雄が昭和二十二年に「それは穀類の精である」と断じる論文を発表したのを受けて、それじゃ簡単すぎる……という不満を腹に渦巻かせつつ、柳田民俗学の広範な知見を元に論駁を加えていくという趣旨です。

まず「小さな男の子が水辺に現われた」という話が日本各地に伝わっていることを丁寧に例示し、目を転じて環太平洋を俯瞰し、さらに西域シルクロードの果て、悠久の過去にまで読者を連れて行きます。一万年くらいはさかのぼってると思います。

遠大な想像力の広がりは、物不足時代の読者に胸のすく快感と大きな知的刺激を与えてくれたでしょう。叙述は引用に富んで示唆的であり、ついつい先読みをしたくなるミステリーの楽しみも与えてくれます。

文章は漢文書き下し調で、慣れない人には読みにくいかもしれません。でも、著者の高い気概が伝わってくるようです。

著者の主張は「一万年の昔から、口伝によって人から人へ神話伝説が受け継がれたはずだ」という前提に立っています。神話の伝播・変容というのは、呉茂一も『ギリシャ神話』の中で唱えていました。

個人的には、これも一種の進化論で、もしかしたら実際には、水と土のあるところ、相互に接触のなかった各集団によって、同時多発的に似たような物語が生まれた可能性もあるかと思います。

本文末「附記」には「昭和二十二年の文部省人文科学研究費補助による『母子神信仰の比較民族学的研究』の構想の一部をなすものである」とあります。

比較民族学・文化人類学は、アーリア人種優越論に対して固有文化の価値を主張するもので、ナチス支配下からの亡命者によって戦後に盛んになった分野と聞いたことがあります。

小アジアの有色の女神に文明の起源を求める説は、極東の敗戦国の人心をも捉える説得力があったかと思います。澁澤龍彦もよく紹介していたと思います。

著者の根源的な主張は「広い世界へ目を向けよう」というものでしたでしょう。その背景には、文化の灯を掲げて今一度立ち上がるべしという意気があったろうと思われます。



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