同人・BL関連記事の意図と、用語の確認。

  22, 2015 13:29
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当ブログにおける、耽美・BL・同人・LGBTに関わる記事は、面白おかしい暴露話ではありません。すでに普及してしまっている偏見について苦言を呈するという性質のものです。だいぶ辛口に感じられると思います。

創作物の作例については、ひじょうに有名と思われるプロ作品のみ題号を引用しました。一般読者様が内容を確認しやすいからです。

いわゆる「同人誌即売会」に販路を限定した自費出版物は、バックナンバーを入手しにくいこと・その著者が一般公開を望まないことが多いので、一方的にあげつらうのはフェアではないと信じます。

インターネット掲示板に匿名投稿された文章も、個性的な作品の体裁を取ったものには著作権があります。無断転載した書籍が発刊されてしまったこともありましたが、最初から差別的な意図をもって同人のやることなすこと面白おかしく紹介するというのは、不適切です。

なお、どの業界にも言わないほうが良いことがあり、言わないことは知らないことを意味しません。遠慮して言及せずにいることを「あら、知らないなら私が暴露してあげる!」という義侠心は、本っっ当に困りますので、ご遠慮ください。

【BLという単語】

このブログにおける「BL」という単語は、1990年代から使用されるようになった「ボーイズラブ」という和製英語の略表記であり、女流が男色を主題に創作した作品の総称として使っています。同じ概念を示す単語はいくつか提案されてきましたが、それぞれに不具合を抱えています。

耽美」というと、谷崎潤一郎とはどう関係があるのか? といった混乱が発生します。

JUNE(ジュネ)」という呼称は、専門誌のタイトルによるもので、端的にはその掲載作を指し、それ以外の作品を指すのか指さないのかという混乱が生じがちです。

やおい」というのは、一説に「山なし落ちなし意味なし」の省略形とされますが、端的にはアマチュアによるパロディ作品を示す隠語であって、ボーイズラブの一分野に過ぎません。

作風で分類するという考え方もありますが、実際には「耽美、JUNE」の名でコメディ性を追求したものもあれば、後発の「やおい、ボーイズラブ」の名で叙情性を追及したものもあり、一概に前者が古風でロマンチック、後者が現代的でギャグタッチと言えたものでもありません。

総称として最も適切なのは「女流男色創作物」かと思われますが、いくらなんでも重たい感じがいたします。

正確を期すためには「1960年代に発表された森茉莉作品の一部」とか「1970年代後半に流行した美少年趣味の女流漫画」とか言えば良いのですが、それを毎回くりかえすわけにも参りません。

悩んだ挙句に、BLです。

作風がコメディかシリアスか、恋愛描写がポルノグラフィの域へ踏み込んでいるか、純文学的・プラトン的言及に留めているかを区別しません。便宜的に用いる包括的名称・記号的表記であって、その点では常に多義的です。

なお「女流」という単語は、個人的に「女性作家」というよりも風情がある感じがして好きなので使っています。対義語として「男流」も定着するといいな、と思っております。

【GLBT】

GLBTとは「ゲイ」を先頭に立てた言い方で、ゲイ当事者が好んで使うものですが、ここでは「BL」との(視覚上の)語呂合わせによって採用しております。

ここにLGBTの話題が加わってくるのは、1980年代以来、ゲイコミュニティから「BLを読んで興奮した女性がゲイバーまで押しかけて、プライベートに介入するなど同性愛者に対して人権侵害を働くので困る」という苦情が挙がっているからです。

また、トランスゲイと女性同人の混同という重大な過誤が発生した経緯もございます。

したがいまして、創作物と現実の混同を反省する・社会通念としての差別を創作物に反映させない心がけ……といった話を、ときどき致します。

また「ストレート」とは異性愛者のことです。現代の英語的常識では「ゲイ」に対して「ストレート」です。そのつもりで「ヘテロ」という単語を用いると、対義語が「ホモ」になってしまいます。

ラテン語圏では、ごく当たり前に「同じ」という意味で「homo-」という接頭辞を使うようですが、日本においては「ホモセクシュアル」を勝手に省略して蔑称としてきた経緯があり、すでに当事者から苦情が挙がっている以上、無視して使い続けることは本意ではありません。

彼らは彼らなりに愛する人へまっすぐに向き合っているだけで、べつに異性愛者が素直(ストレート)で、ゲイがねじくれている(スパイラル)というわけではないので、これも便宜的通称です。

【今更やおい論批判】

「やおい論」というのは、1990年代を中心に、当時すでにボーイズラブという総称的単語が提案されていたにもかかわらず、ひと昔前の同人作品をあげつらって、予断と偏見に満ちた自主研究結果を発表した人々があったものです。

ワールドワイドウェブは、奥付の明確な書籍とちがって、いつ挙げられたものか分からないHTML文書が最新情報のような顔をして罷り通ってしまうところです。

不適切な言説の再生産をふせぐため、ときどき思い出したようにクレームしておくと良いんじゃないかと思います。

なお、クレームとは元来の意味が「主張」であって、誰でも何でも主張してよいというのが民主主義における表現の自由です。主張された側は、べつに何も強制されたわけではありません。他人の主張を無視することも自由です。

「意見を押しつけられた!」という被害妄想・過剰防衛意識は、対抗策のつもりで過剰な暴露・言葉の暴力を生み、かえってお友達を窮地におとしいれることもあるので、ご注意ください。



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