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女性脚本家特有の味わいを受け入れるかって話。

6時間前のトレンドなんて「つわものどもが夢のあと」という雰囲気を漂わせる twitter の世界ではもう随分前のことになるけど、ある女性が「やおいは関係性萌え。キャラクターはいくらでも美化できる」といったのへ対して、オープンリー・ゲイの男性作家が「僕らは美化ってことしませんね」と答えていたのが面白かった。

しみじみ考えた。
gay は「男こそ至高」と思って描くんだから、それ以上の美化が必要ないのは当たり前だ。でも男性的な美化ってこともあるはずだ。

長興寺に伝わる織田信長の有名な肖像画は、色白で細面、眉も細いが、ゲームやアニメに登場する信長はミスター・ユニヴァースがモデルになったみたいに筋骨たくましい。眉も太い。顎も張ってる。ああいうのは男性的な美化のはずだ。

でもこの作家がいってるのは、そういうことじゃない。女性からのメンションに対して「君らと僕らは違います」と釘をさしている。あえてはぐらかしている。「君らのようなことはしない」と言っている。つまり、男は男らしいまま描くってことだ。女性化しないってことだ。奇妙に若々しく、まつげが長く、手足はほっそりと。感受性が強く、細かく気を回し、よく涙ぐみ、すぐ真っ赤になる。そのように女性性を加味して男性を描くことを、僕らはしないってことだ。

『天地人』あたりから、大河ドラマの脚本を女性が担当し、それへ批判が出る、ということが繰り返されているような気がする。

萩尾望都氏がフランス人の記者に「なぜ日本には少女マンガと少年マンガの区別があるんですか?」と質問されて、「なぜそんな当たり前のことをきくのか」と不思議に思ったそうだ。彼我の違いが興味深い。
萩尾氏は「女性と男性では興味をもつテーマが違うから区別があるのは当たり前」と考えた。そうおっしゃるご本人の作品こそ男女の別なく読まれているのはご愛嬌。

「少年マンガとして、それだけを描き、少年誌に発表し続ける女性」は少ない。非常に有名な人が数人いるが、「女性のための女性マンガ家」と同程度に多くはない。男性作家の絵柄が少女マンガに近づいている(描線が細く、キャラクターの目が大きく、足が長すぎるなど、かつて少女マンガの特徴として冷笑的に言われた要素が男性作品に取り入れられている)ので、絵柄の隔たりは少なくなったが、逆に「女性の描く絵が非常に男性的である(さいとう・たかをや武論尊みたいである)ってことは、あんまりない。

女性が自ら少年の一員として血沸き肉踊るアクション漫画を次々と描いていけるものであれば、女性の少年マンガ家はもっと多いだろう。(業界の構造上の問題というのもあるかもしれないけど)

女性が少年(青年)を描くとき、多くの場合、埋没的に・自己賛美的に描いていくよりは、女性としての立ち位置が反映され、価値観・理想が男性キャラクターに加味される。

「あの挑戦者、気に入らねェ! たたきのめす」vs.「あのチャンピオン気に入らねェ! いつか引きずり降ろす」
そしてそれぞれが山に籠もる。そのためには女性も泣かせる。
そういう古典的な男性像が、「しょうがないわね」「可愛いもんよ」という女性の目線から表現される。ときに冷笑的になり、ときに過剰な思い入れが発生する。

寄ると触るとドツキ合い、「やることがいちいち仰々しく、大騒ぎし、クヨクヨと悩む」

『清盛』の藤本さんは、まァ作風からいって女性だ。清盛と義朝の熱くぶつかり合う友情を面白いもの・鑑賞の対象として提示している。彼ら同士の敵愾心は、コメディまたはギャグの内であって、清盛が親子関係に悩むほどには、胸をえぐるようなタッチでは描かれていない。「そうやっていつまでも遊んでなさい、本当に可愛い男の子たちね」っていう母親のような・姉のような視線。

これが昂じると、見えない矢でファーザー・コンプレックスを解消し、「あの人が階段の先で私を待ってくれている、と私は感じた」とまるで王子様にプロポーズされたシンデレラみたいな理屈を軍議で披露して一族郎党をドン引かせ、熱に浮かされてはあの世のとーちゃんかーちゃんに会ってくる。

そのようにスピリチュアルな世界の存在を信じ、行間を読み合い、言外の駆け引きを理解する男のほうが「賢い」とされている。すぐに「証拠を見せろ」「どっちでもいいから早く決めろ」といきり立つ男は物足りない。所詮したっぱであり、大物にはなれない。私にはちゃーーんと分かってる。そのような女性の価値観が示されている。

(゚Д゚)ハァ?

何いってんの? この脚本こそ意味わかんない。後白河と清盛の会話とか難しすぎる。「白河院の伝言」とか理解不能……

という反応は、それへ対する男性の忌避感・嫌悪感の現れだ。女は腹の中の子との交感を信じ、称揚するが、男性は子宮まで退行することを恐れる。

かつて「男性が描く作品に登場する女性キャラクターは、男性の願望が加味されていて、女性から見ると違和感がある・価値観を押し付けられたようで不愉快だ」という声が挙げられた。いまは男性が同じことを言い返そうとしている。が、「女のくせに脚本を書くな」とはいえない時代なので、歯がゆい思いをしている(だろう)

あえて言えば、BLは「BLです」と宣言した時点で、作者が女性であることを明示し、男性キャラクターが女性の価値観で構成されていることを意識的に提示する分野である、とも言える。

けど、ラブシーンが無ければ、ボーイズ「ラブ」ですと申告する必要はないので、万人向けの小説・脚本として提出されたものでありながら、男性キャラクターの描き方が異様である、という作品は、これからも出現してくるだろう。

もちろん女性が男性を描くにもいろいろある。有吉佐和子は女性との関わりにおける男性の愛らしさ(のみ)を描いた。「男同士でドツキ合ってる姿が可愛いわ」という価値観は、やおい趣味出現以降のものだ(と信じる) 

「やおいは新しい視点の発見である」とは時々言われる。視点の発見というか、その表明である。男同士のケンカを、女がなぜか怖がるのではなくクスクス笑いながら見ている。「女は分からん」とされていたその中身を「だって可愛いんですもの」と言葉で・絵柄で表現するようになった。そう表明しても「生意気だ」「黙れ」などとは言われない。言われる筋合いはない。女には女の価値観がある。そういう主張が1970年代~80年代に現れ、一般化した。女権意識の行きつく先は「男は可愛い」と「女のように(まわりくどく)考えることができる男こそ、女の目から見て評価できる」だ。

『清盛』は、それ自体はやおいでもBLでもないが、それと通底する極端な女性中心意識が生々しく現れてしまった、珍しい脚本だと思う。
制作陣は、それを「(若い女性を食い物にした白河院が代表する)男性社会への強烈なアンチ・テーゼ」というふうに理解し、取り上げて、清盛に女の衣装を着せた。(彼が無頼時代に羽織っていた上着は女物だ。宋銭によるネックレスなども女性性のうちだろう)

それが理解されたかどうかが評価の分かれ目になる。『篤姫』を支えたモニターの半分ほどは『清盛』の世界観を「無理」と判断した。

リドリー・スコットは、強い女性が子供を守り、それを男性が手助けするという形を提示した。男女とも強く優しく、状況をよく理解している。ナレーションは必要ない。

清盛はじゃっかんDV気味な、すぐ怒鳴ったり、「俺の子を産め」とストレートな発言をする男性と、気の強い女性を同時に描き、しかも別人がそれを眺めて「ろくなプロポーズじゃない」などとツッコむ。地の文で表示されるべき作者の価値観が、作中世界に属するキャラクターの発言とされてしまっている。

ストーリー全体を「頼朝の回想」という額縁構造にしてしまったので、キャラクターが一人増えた格好になり、視聴者はまだ生まれてもいない人物の存在を常に念頭に置かなければならない。主人公自身への感情移入は、それによってさまたげられる。

脚本が自分ツッコミするくらいなら、最初から主人公たちをシンプルに・常識的に描けば、ツッコミキャラを減らすことができ、ストーリー全体に締まりが出る。

そこをあえて「やらせておいて、まぜっ返す視点」を導入しているので、複層的で、テーマが錯綜しており、理解しにくい。カッコいい男を描きたいのか、カッコ悪く描きたいのか。ageたいのかsageたいのか。ageておいてsageるという事をわざわざしたいのか。sageておいてクスクス笑いたいのか(これだろう)

脚本の自己満足性が高く、表現(演出)が暴力的であるわりに、内向的である。閉じた世界観ごと受け入れられる人間と「ふつうのドラマじゃない」と判断する人間に分かれる。

男性によってすでに評価の決まっている歴史の、女性による問い直しというよりは、混ぜっ返し。あまりにも生々しくやってしまい、それが数字を得られなかったので、二度と登場しない可能性もある。触発されて似たものが登場する恐れもある。

男には男の価値観、女には女の価値観があり、すり合わせることで共存が可能だ……という方向がいいはずなんだけど、単純にそのふたつを交互に映したら戦闘なのに盛り上がらない回になってしまったのが『保元の乱』、視聴率当時最低。演出は女性だった。違う演出家による神回といわれた前話「前夜の決断」の盛り上がりっぷりから引き続き、爽快なアクションを期待した視聴者も(´・ω・`)こんな感じ。

なお同じ女性演出家による他の回は、やはりというべきか、「男の友情」にひどく思い入れを込めた艶かしい演出が施されている。テンポはゆったりとしており、監督の一存で場面を割っていくというよりは、役者の自発的な息遣いを待ち受ける感じではある。こう男と女の違いが出てしまうのも……長丁場の大河ならではではあり、興味深くはある。

次からどうするか。受け入れるか。また喧々諤々するか。ブログのネタには困らなくていいけど。
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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。