【二次創作は金目と言えない訳。】

  28, 2015 10:22
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敗戦国がエコノミックアニマルと呼ばれて勇気を取り戻したので、日本人には「売れる」といえば許されると思う傾向があります。

とくに「同人」というのは若い人の文化なので、大人社会の戯画という要素があります。

つまり「売れる」といえば、大人が恐れ入ってくれると思う人もあります。

が、著作権という言葉が今ほど国民に意識された時代はありません。

ピカソの絵が、次の競売に何百億円スタートで出品されても構いません。盗品ではなく落札し、対価を支払い、次の競売に付すための正しい手続きを経た以上は、正しい商取引です。

でも、著作権者の許諾を得ていない翻案または複製について、誰も「売っても良い」とは言ってやれないのです。

少なくとも「著作権者の許諾を得ていない翻案または複製に該当するかもしれない」という不安がある以上、誰も「いいから売っちゃいなよ」とは言ってやれないのです。

「金のためなら不正なものでも平気で売る」という話を一般国民が聞いたら、どう思うでしょうか。

「そういう連中は、漫画の陰で何を売っているか分からない」という危惧を発生させるでしょう。

最近の「即売会」に報道カメラが入り、画像が公開されるようになったのは何故でしょうか?

監視の必要があると思われ始めたからです。


【自尊心の違い。】

みずからが漫画道へ進まず、現実の問題へ「汗水たらして」懸命に取り組んでいるという自負をもつ人々にとって、創作物とは下らないものであり、その制作・鑑賞は、現実で挫折した人間ががまんして薄い酒を飲んでいるようなものです。

だから「そのうち物足りなくなって、現実の存在に手を出すにちがいない」と考えます。

とくに「自分の子どもを育てるために真面目に働く」ことを感動的な自尊イメージとする人々は「自分の子どもを育てていない連中は真面目ではない」という逆転を発生させやすいのです。

いつの時代にも、若者バッシングの基本には、これがあります。

「親の心が分からない、一人で大きくなったような顔をした連中が、遊び半分な気持ちで悪事に手を染める」

というわけです。


【同人の同級生。】

同人作品の多くが18禁を名乗るようになる以前の同人は、本当に未成年者だったので、同世代のヤンチャと足並みそろえて世間の無理解と闘っているような気分になることができました。

いまや、ヤマト世代も還暦です。1974年の初放映時に19歳の大学生だった人が、今年で60歳です。早い人なら孫がいます。

ガンダム世代は子育て真っ最中。子どもの何割かは、大学進学・上京し、親は「都会で大丈夫かしら。悪い仲間に誘われないかしら?」と心配しています。

自分自身の学業成績が悪く、進学・上京できなかったヤンチャというのは、かつては漫画に出てくる不良に憧れていたわけですが、本屋さんもゲーセンもつぶれた後はなにをしているかというと、地元で親の自動車修理工場や料理屋を継いで、嫁さんもらって、PTA会長になっていたりするのです。


【創作同人の自尊心。】

創作同人は、もともと読み書きが得意な人々です。

スポーツよりも、喧嘩よりも、ディスコダンスよりも、他人より上手に書ける/描ける自信があるから、腕試しに創作イベントへ参加するのです。

そこが彼らにとっての試合であり、全国大会です。

二次創作というものも、ゼロックスコピーではなく、ともかく「創作」であって、二次創作者自身のアイディアに基づき、二次創作者自身の手で、一生懸命に書いた/描いたものです。

まさか「金さえもらえばこっちのものだから、私の書いた二次創作なんて、読まずに捨ててくれればいいよ」という同人もありますまい。

「面白かった。買って良かった。続きが楽しみです」という感想をもらえば、自分も「生きてて良かった」ぐらいな気分になったはずです。

作品の対価を得るということは、作品が評価を得たということであり、基本的にはそれが純粋に嬉しいのです。

そして、創作物の対価を得る以外のことをするつもりがないことは、暗黙の約束をするまでもなく、自明のことに感じられています。

が、自分にとって読んだり書いたりすることが、あまりにもナチュラルなので、世の中には「書こうとも思わない」人のほうが多いことを忘れがちです。

だから、先に「創作活動が生きがいです。この道で身を立てることが誇りです」と前置きすることを忘れがちです。

いきなり「売ってはいけないものを売って何がいけないんですか!?」と訳の分からないことを叫んでしまいがちです。


【もう、みんなで渡れません。】

いまの若い人は、クレバーです。「ともだち少ない」が口癖です。

それは、仲間に累を及ぼさないためであると同時に「あまりいじめないで下さい」という意味でもあります。

分母である出生数が本当に少ない彼らは、実際に友達が少なく、世代としても社会の少数派であることをわきまえています。

対して「みんなやってたんですよ! みんな言ってましたよ!」

と叫んでしまうのは、中年です。

1980年代は、子供の多い時代でした。流行語は「みんなで渡れば怖くない」でした。

もう通用しません。

「みんな」と言われて、「そんな奴が大勢いるのか」と思った一般人は、彼ら同士で団結します。そして、若者文化の規制へ向かって踏み出します。

この「彼ら」とは、「じじ・ばば」のことではありません。今や中年に達した、同人自身の同級生です。


【味方はいません。】

急激なダンス規制は「何月何日にどこで何が発見されたから」というものではありませんでした。

クラブ周辺住民の「なんとなく不安」という声をもとに、警察が古い風営法をひっぱり出してきたものです。

ダンスには坂本龍一というビッグネームがついて、署名活動の中心となってくれました。超党派により、風営法の緩和もなされました。

が、著作権法を緩和しようと言ってくれる作家・学者はいません。彼ら自身が著作物で食っているからです。


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