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【同人むかしばなし1 ~そもそもオタクとは。】


1980年代初頭、女子小学生は「大人になってもアニメを見る人のことを、オタクっていうんだって」と恐ろしい都市伝説かのように囁き合っていました……(実話)

たしか「アニメ」って言ったと思います。もう「テレビまんが」ではなかったと思います。


【アイドルオタク。】

最近どこかで「アイドルオタクの風体がまずいから、俺までアイドルファンと言っただけで白い目で見られる」というクレームを読みました。

アイドルオタクへ向かって「もっと小奇麗にしろ」と言いたいのか、世間様へ向かって「外見で差別すんな」と言いたいのか判然としませんが、たぶん両方です。

それにつけても「オタクって実在アイドルファンのことじゃなかったよな」と思った次第です。


【大人のアニメファン。】

冷静に考えると、アニメ番組を統括するプロデューサー・監督たちは50代の大人です。彼らは仕上がった作品を「見る」に決まってるんですが、小学生の言ってるのは、そういうことじゃありません。

高校の制服を着た人は「高校生のおにいさん」でしょうから、この場合の大人とは、私服で歩いてる大学生です。


【アニメのターゲット。】

もともと文芸の世界では、フランケンシュタインも怪盗も、大人が大人に読んでもらうつもりで書いたものでした。

いっぽうで、絵本の主人公は子どもか小動物。学童向け漫画の主人公は学童です。

いつの頃からか、子どもを創作物の消費者と見定め、彼らに近しい年齢の人物を主人公に据えてやるという技法が発達したのです。たぶん18世紀頃の「子どもの発見」ということと関わりがあるのでしょう。

ディズニーが世界初の長編アニメ映画を発表したのが1937年。白雪姫は家事が身についたハイティーン女性で、ボーイフレンドを見つけると、そのまま結婚します。

ディズニーは、最初から「花嫁修業の合間にお父様かボーイフレンドに頼んで“活動”へ連れて行ってもらう」という女性をターゲットにしていたのかもしれません。

それは当時の実写映画が成人男性向けの娯楽だったことに対する「すきま産業」という位置取りだったのかもしれません。


【日本のアニメファン。】

日本でテレビ番組としてのアニメ作品が公開されたのが1963年。アニメーションという技術上の試みとしては、もっと早くから存在したようですが、とりあえず商業的成功例に話をしぼります。

当時すでに10歳に達していた人は、漫画(の文字)を読むことができたわけですが、漫画に替わる新しい娯楽として、アニメに注目したでしょう。

1953年生まれの彼らがハイティーンに達する1960年代末から、テレビアニメには脚の長いハイティーンが主人公として登場するようになります。

アニメ番組を制作しているのは大人です。当時の大人が、ハイティーンをアニメの消費者として見定めたのです。

見せられるほうは、案外なほど素直なものです。身近な大人には反発するくせに、テレビを通して娯楽を与えてくれる大人には従順なのです。

学童期からアニメを与えられ続けてきたハイティーンが、アニメとして描かれた改造車レースや、悪漢退治や、宇宙戦争を我がことのように応援したのは当然でしょう。

同時代の大人が、比較的高い料金を支払って、スパイ映画などを見に行っている横で、若者は在宅で無料放映のテレビアニメによって、似たような「美女とアクション」という物語を享受していたわけです。

この「手近ですませる」感じだけは、今もアニメファンから払拭することはできません。


【SFファン。】

「SF御三家」の登場は、1950年代ですから、これをハイティーンとして歓迎した人は、1970年代には40代の大人になっています。

彼らから新興勢力であるアニメ派を見ると「あれのどこがSFだ、今どきの若いもんは」といったところだったでしょうか。


【語源。】

オタクって、他人へ話しかける時に「貴様」とか「お前」とか「あんた」とか「てめェ」とか「この野郎」とかじゃなくて「お宅」っていうことに由来していたはずです。

この言葉遣いは、大人びているとも言えるし、女性的とも言えます。粗暴というよりは、知的で礼儀正しいとも言えます。

もとをただすと、SF小説を読みこなす人々が、仲間同士で集まった時「この野郎、どっから来やがった」ではなくて、「失礼ですが、お宅はどちらから?」なんて言い合っていたんじゃないでしょうか。

もっと元をただすと、純文学をこころざす人々が、そのようであったはずです。

若者が大人びた言葉を使うということは、親がそのようであったか、学問・技芸の先輩がそのようである時でしょう。息子が「お宅はどちらから?」というなら、両親が粗暴な人々であったとは思われません。

おそらく、中流以上の裕福な家庭に育ち、その援助のもとに上京・進学した大学生。また、その師匠であり、同様な出自である英文学者にとって、むしろ普通の言葉遣いだったんじゃないでしょうか。

渡航も難しい時代に、自分で海外へ(英語で)連絡を取って、SF専門誌を取り寄せたり、原作者へファンレターを書いたり、自分で翻訳出版したりといった人々が、日本SFの興隆を支えてきたはずです。


【知的な無頼漢。】

しかもSFというのは、文壇に歓迎されたという分野ではありません。今なお近代文学史の中心に位置づけられ、大学入試に出るので勉強するという分野ではありません。

少し前に東京で『SF展』が開催された時、筒井康隆が「やっと認めてもらえたらしい」という皮肉な祝辞を寄せていたはずです。

1950年頃からプロ活動を開始した手塚のSF漫画は、当時の世人から「くだらない」と言われたそうですが、SF小説ならくだらなくないってこともなかったでしょう。

当時の大人は、本物の戦争を経験してきた人々で、敗戦から20年足らずで五輪招致を成し遂げた偉大な世代です。彼らへ向かって「未来はすばらしい」または「未来は大変なことになる」と言えば?

「今のあんた達はくだらない」および「今の社会は間違っている」という批判の意味を持ちます。

だから、今の社会を「汗水たらして」懸命に支える大人が、逆にSFへ対して「くだらない」と反撃するのは当然です。

「親の苦労も知らない若造が」っていうわけです。

となると、逆にSFをもてはやす人々というのは、確実に知的レベルは高いんですが、アカデミズムと一般社会に対しては斜に構えるというか、知的な無頼漢というか、冷笑的な独身貴族というか、そういう要素を持っていただろうと思います。

そのような先輩を見てきた大学生で、SF小説も読めば手塚漫画も読めばアニメも見るという新世代が、やっぱり同じように「お宅はどちらから?」と言っていたのが起源なんだろうと思います。

それが「美少女アニメに夢中になりすぎて引きこもり」という意味にすり替わってきたのなら……「コミケ」における世代交代を示していたのでしょう。

だから、1981年頃の流行語だったのです。


【他人が貼ったレッテル。】

いわゆるコミケに集まる人々が「オタク党」を旗揚げしたことはないと思います。

彼ら同士の日常会話で「ってか、俺たちオタクはさ~~」なんて言うこともないだろうと思います。

少し前まで「女のオタクを“やおい”と呼ぶ」という一般的理解があったかと思われますが、女性のコミケ参加者が「私達やおいってゆぅのは~~」なんてこともなかっただろうと思います。

彼らはなんというか……それほど、純朴ではありません。

それは、他人が貼ったレッテルです。「あの一箇所に集まって何かやってる連中はなんだ?」

最初から白い眼で見ながら、どこからか「ああいう連中は、いい若いもんがお互いのことを“お宅、お宅”と言っている」「昼間からテレビまんがばかり観ているらしい」「どっかおかしいんじゃない?」

といった具合に噂が広がるわけです。

それは当然、彼らの人数が増えて、人目に立つようになったこと、なかんずくイベント来場者が会場キャパを超えて行列する姿が見かけられるようになってからのことでしょう。

そこには、1960年代後半からの多子時代の出生者の成長という要素が関わっているのだろうと思います。


【二者択一。】

昔の「サブカル論」(の一部であるオタク論・やおい論)というものは、その存在が問題視されるようになったのを受けて、すでに「ああいう連中は一般人とは違う」という区分ができていることを前提に……

「ああいう若者はですね」というふうに解説を始めるので、他との違いを強調するほうへ向かいがちで、よくよく考えると地続きであるということが、あんまり言われないものです。

かつて「究極の選択」というクイズのようなものが流行ったことがありました。

冷戦時代の日本人は、つねに「アメリカか、ソ連か」という究極の二者択一にさらされていたといっても良いでしょう。

違いを強調すること、どっちがマシかと問いかける(自問自答する)ことが流行だったのです。

社会学者が注目しなければならないとしたら、表現技術の多様化の必然として生じた若者の新しい流行ではなく、それにレッテルを貼って差別したがる社会のほうだったのかもしれません。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。