【同人むかしばなし10 ~SFファンによる淘汰。】

  30, 2015 11:29
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1975年以来の出品物として考えられるのは、手塚・石ノ森を見習ったオリジナルSF漫画。

それらを艶笑めかしたパロディ漫画。

漫画から派生した新しい表現の可能性を探る、アニメ批評誌。

その「おまけ」としてのパロディ漫画。

さらに、男性による創作物をセンチメンタルな不倫物語に改変してしまうことに慣れていた文芸サークルによる耽美派小説。

この中で、SFファンを最も「その発想はなかった」と驚愕させるものは、どれでしょうか?

最後のパターンです。

これだけは、どこをどう押してもSFファンの漫画家からは、直接には生まれてきません。小説を書きなれたチームの参加が、どうしても必要です。

【落差。】

1975年以来、さまざまなオリジナル作品・パロディ作品が出品されてきたであろう「漫画市場」において、その吟味と淘汰が行われたわけで、最終的に残ったものの備えていた「おかしみ」の最大の根拠は、原作である男性的な作品との落差そのものだったでしょう。

「昔話だと思ったら未来話だった」「未来のロボットには臭覚がない。が高性能センサーを備えている」「陰惨な吸血鬼だと思ったら美少年だった」「戦士だと思ったら女役だった」……

予想を裏切られた、固定観念を崩された、真逆であったという時に、最も面白く感じられるわけです。

思えばSFというのは「進歩の果てはばら色ではなく暗黒だった」「猿が人間より偉かった」「宇宙の果てまで行ったと思ったら地球だった」など、逆転の発想を駆使する分野です。

もとをたどると「大地の果てまで行ったと思ったら、お釈迦様の掌の上だった」なんていうところまで、行き着くのかもしれません。

世界観をひっくり返すという、SFの発想に慣れた人にとって、最も面白く感じられるものを提出し得た人々が、耽美的文芸サークルだったということになるでしょう。

どう考えても最初の時点では、女性の漫画市場参加者というのは、ごく素直に萩尾望都に憧れて、SF漫画を描きたいと思っていた人々だったはずです。

西谷祥子などが少女を主人公にしたSF漫画を描いていましたから、そのアマチュア版が出品されていたと考えるべきだろうと思います。

彼女たち自身が「漫画市場へ出品するために小説を書きましょう」と思う必要はありません。

勝手に小説を書いて出品してきた人々があって、それをSF派の漫画家志望者が見たとき、「やられた!」と思った……ので、次から同じアイディアを漫画にしてみたといったところでしょう。

くりかえしますが、SF・ミステリ・耽美派の融合は、1950年代には生じ得るのです。必要なのは、出品できる場所だけだったのです。

このように考えてくると、ヤマトから突然パロディの嵐が吹き出したというよりは、コミケそのものの開催と時期的に一致したのがヤマトだったので、「すべてはコミケにおけるヤマト関連同人誌から始まった」という印象になりやすいのでしょう。

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