【BLと文芸9 ~耽美の配役。】

  03, 2015 12:26
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ミステリにおける探偵と伝記作者という定型。運動競技におけるチャンピオンと挑戦者という定型。

これが与えられていれば、あとは「誰を連れてくるか」というだけです。

同様に、耽美派のステレオタイプが既に与えられていれば、そこへ「誰を配役するか」というだけです。

「必ず男役・女役を割り振るべきこと。相対的に華奢な若年者が女役にふさわしい」いう定型は、過去に男性が決めたことです。

ストレート女性が複数の美男を見れば、2倍ときめくのは当たり前です。

が、そこから彼らを恋愛物語へ配置しようと思いつくには飛躍があります。

それまでに『クレーヴの奥方』も『ドルジェル伯の舞踏会』も『マノン・レスコォ』も『毛皮を着たヴィーナス』も『ヴェニスに死す』も『仮面の告白』も『禁色』も『恋人たちの森』も『美徳のよろめき』も『悪徳の栄え』も『花と蛇』も読んでいない「少女」が、発想を小説の形に落とすことは不可能です。

あなたなら、いきなり「小説を書け」といわれて、原稿用紙の第一行目に「昔むかし」と書きつけますか? それとも「そのころ私は」と書き始めますか?

小説の書き方を知っている人は、お手本になるものをどこかで読んだことがあるのです。日本人が日本語で近代的な小説を書くことの歴史をさかのぼっていけば、やっぱり明治の文豪へ行き着くでしょう。

有名な小説から、素人による小説の改作が発生し、それが漫画の興隆と並行して受け継がれたと考えれば、何もむずかしくありません。

コミケに出てきたものは、コミケが存在を始めるよりも前から、巷間に存在したものです。


【同人プロファイル。】

新世代の「少女」は、“コミケに出てきたもの”を真似して書けば、コミケというお祭りに参加できると思ったから、真似しただけです。

オートバイを買えば、オートバイで走る人々の仲間になれる。ギターを買えば、ギターを弾く人々の仲間になれる。同人誌を買って、同人誌の真似をすれば、お友達が増えます。

若い人が先輩の真似をするのは何故でしょう? 自分だけ違うことをして目立つより、みんなと同じにしておけば安心だからです。

若い人は「個性、個性」と言いながら、じつは「みんなやってる」という安心感の中に埋没することが大好きです。

若い人がイベント開催に合わせて上京し、同人誌を買い込むことができたのは何故でしょう? お金があったからです。コミケが急成長したのは、貿易黒字&バブル時代です。

本当は竹宮作品よりも、コミケよりも前から存在したものの後継者なのに「竹宮先生のせいなのよ」と説明されて、「ふーーん。そうなんだ」と鵜呑みにしたのは何故でしょう。

先輩のノートを借りて、コピーしたもので勉強を済ませ、期末テストだけは及第するが、本当の知識が身についていないから研究者にはなれない。

一脈通じています。


【既知の味。】

自称やおい研究者は、既に耽美的二次創作という手法が確立した後になって参加した世代から説明を聞いたために、個々の少女が何らかの病的心理によって自分で男性同士を組み合わせることを思いついてしまったかのように本末転倒したのです。

本当に最初に存在したのは「耽美的な話をもう一度読みたい(から自分で書いちゃおう)」という動機です。

すでに好みのタイプの男性(=美少年)が登場する耽美的な物語を知っているから、以後は好みのタイプの男性の姿を見るたびに連想が走るというだけです。

つまり、既成の酒を組み合わせることによって、すでに知っているカクテルの味の再現を試みたのです。

なぜ、いわゆる二次創作は、その多くが小説の形態でありながら、漫画家である二十四年組のせいにされたのか?

「少女」たちが自分で思いついたのではなかったからです。

何かに導かれることを必要としていた。「私のせいじゃない」と言おうとしていたのです。

すなわち、トランスゲイ男性の性的根源から発した自己表現ではなかったことを、みずから明かしていたのです。



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