【マジョリティ同人の矛盾。】

  13, 2015 09:45
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ポルノグラフィを売るお店を開いていた人のところへ、大勢のお客様が立ち寄ってくださったなら、当然でもあり、ありがたいことでもあります。

でも、他を否定する根拠にはなりません。

ポルノグラフィの存在自体は上等ですが、ポルノを格別に愛する人が、他を差別する権利を持っているわけでもありません。

二次創作も、BLも、ロリも「ポルノだと思われたくない」という声は、何十年も前から継続して存在します。若い人のあいだでは、改めて高まっているようでもあります。

震災以来、創作物にも安らぎ・温かみといった要素を求める傾向は、とくに独り暮らしの若い人のあいだで決定的になったと言えるでしょう。80年代の暴力的な作風にはついて行けないという声もあります。もう、バブル自慢が通用する時代ではないのです。

にもかかわらず、自分を基準に「どうせみんな同じ」と言ってしまうことを、マジョリティの横暴といいます。

横暴なマジョリティ意識まる出しの人は、マイノリティの権利を主張することができません。

もともと、二次創作も、BLも、ロリも、表現の自由が最大限に尊重されている時にしか存在し得ない、超ニッチな趣味であることは、未来永劫変わりません。

にもかかわらず、同人が自他を比較して「これはあり、あれはなしw」という差別意識に興じれば、自分で表現の自由を否定しています。

同人が他の同人を指さして「あれはなしよね」と笑いながら振り返れば、一般人が「お前もなしだ」と言うでしょう。

最低投票率による安定与党という時代に、同人自身が表現の自由を否定するなら、規制の導入は簡単です。

厄介なのは、一億三千万人に較べれば、同人界全体が少数派であるために、団結しなければならないという意識だけは強く、異質なものを差別し、排除しようとすることです。

もひとつ厄介なのは、女性が女性差別を内面化していることです。

自分は女だから性的創作物へのアクセスを禁じられているという被害者意識が強いために、かえって「あたし女のくせにポルノを読んだことがあるのよ!」と自慢したがることです。

「エロ」という言葉を切り札に使うと、自分が強くなったような気分になるのです。

さらに発想の基盤には、「学校では教えてくれなかったエッチなことを書くことが表現の自由だ」という単純な二項対立があります。

逆に、エロスを書かない自由を想定することができないのです。

いずれにしても、マイノリティの中の、小さなマジョリティによる優越感ごっこです。

他の組織でも、ありそうな話ではあります。


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