【創作女子の自由。】

  14, 2015 10:16
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田山花袋の『蒲団』に、地方在住の女性から男性作家のところへ、私も上京して作家になりたいという手紙が来るエピソードがあります。

創作家というのは、女性がセクハラの心配をせずに従事することのできる貴重な職業の一つです。自宅で描くだけですから。

そもそも男性であっても、才能だけで食っていく覚悟をするのは勇気のいることです。自費出版したものが売れるかどうか、見知らぬ人ばかりの会場へ持ち込んでみるというのも、たいそう度胸の要ることでしょう。

それをやってのける女の子は、やっぱり気が強い。

もともと他人よりも絵がうまい・文章がうまいという自負心がある。親御さんから「好きな道へ進みなさい」と励まされ、おおらかに育てられてきた。

そのように考えることができます。

即売会へ定期的に参加するには、その行動の自由を親御さんから認められていなければなりません。

東京および近県の在住者でも「毎年この時期になると、どこへ行くのか」と詰問され、自宅軟禁されるようでは、同人活動を続けられません。以遠の地方在住者なら尚更です。

だから端的には、進学のための上京・独居を許された女性(≒大学生)から始まったはずです。

親の知らないところで、先輩との人脈を築き、成人雑誌をも購読し、それを参考に仕送り以外の収入を得て、業界との癒着まで自慢する。

いっぱし都会人になった気分。親から独立できた気分。

即売会活動には、確かにそういう要素があります。

有吉佐和子『紀ノ川』だったと思いますが、上京した女子大生が女権活動のプロパガンダ記事を一心不乱に書くようになるエピソードがあります。

一心不乱にというのは、どうやら風呂にも入らず、学校へもきちんと通わず、下宿に閉じこもって自分のやりたいことだけやっている様子が見えるということです。

若い人が流行に従って本分を忘れるのは、今も昔も変わりません。

親元を離れて、女性にも許された自由を満喫することの方向性が、ちょっとずれたのです。

1980年代には、本当に「もう男に遠慮するな」と言っていた人がいたものです。同人活動と女権活動が混同されていた時代も、確かにあったのです。

それが、もっと気軽に参加することができるようになったとしたら、もはやウーマンリブとも言われなくなって、女性が男性と同じ会場で同じ活動に従事することが、男女双方にとって「自然」と見なされるようになったからでしょう。



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