【そもそも“やおい”とは。】

  15, 2015 10:32
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創作物のカテゴリを示す分類用語です。

例えて言うと「これはお酒です」という注意書きと同じことであって、それを製造販売している人自身が「私はお酒です」と言っているのではありません。


【モノの名前。】

それは、いわゆる同人誌即売会に販路を限定した、特殊な創作物そのものを示す「モノの名前」であって、ボーイズラブ読者全員ではありません。作家全員でもありません。

それは字義通りには「山も落ちも意味もない」低級な創作物を示すとされます。

このことが「性的感興の惹起を狙う創作物」と混同されたわけですが、たとえそのような要素を含んだ作品であっても、プロ作家が書き上げ、出版社が出版権を獲得して複製頒布した作品が、そのカテゴリ名を名乗ることはありません。

プロたる者、作品の対価を得るにあたって「どうせ駄作ですから読まなくていいです」と自虐すれば、謙遜を通り越して、お客様に失礼です。

出版社が「当社が自信をもってお勧めする駄作です」と宣伝することもありません。

1990年代に入っても、出版社を通じて市販された単行本には、その帯に「耽美ロマン」という分類語が印刷されていました。

逆に申せば、わざわざ「やおい」を名乗る創作物は、耽美ロマンではありません。


【暗示。】

「一般市販できる耽美ロマンではなく、山もなく、落ちもなく、意味もない」

すなわち、二次創作です。

たとえ投稿されてきても、出版社が原作者へ然るべき対価を支払わずには出版するわけにいかない、翻案ものの一種です。

素人の同好会の範囲における会報の無償配布(事前に会費を納めた人に手渡される非売品)という形式を踏んでのみ、かろうじて発表し得る特殊作品です。

「ない、ない」と否定を重ねることによって、そういう限定品の存在を暗示することができる隠語として、もっと以前から知られていた言い回しに、新たな意味付与がなされたのです。

したがって、文字通り「駄作」という意味ではないのです。

また、それを制作頒布する人自身が自虐していたのでもありません。


【会場の外。】

それが限定品であることをわきまえている自費出版者自身が、それを携えてゲイタウンを訪れ「皆さん、私はやおいという者ですけれども、こういう作品を読んだことがありますか?」と宣伝したとは思われません。

いっぽうで、ゲイタウンを訪れた人の何割かは、テレビで「ミスターレディ」などと呼ばれた美女を見て、実物に会いに来た人々だったでしょう。

彼(女)たちにとって、ゲイまたはトランスは、自分の創作物ではありませんから「現実の人に、現実の行動について質問してみよう」と思うことは自然です。

またいっぽうで「特殊な創作物を購読したことによって、ふつうより物知りである」という高揚感に駆られた女性が、ゲイ相手に趣味の品をひけらかした可能性も、ゼロではありません。


【クレーム。】

すでに1980年代初頭に、“同人誌”を知る女性は「絶対にホモという言葉を使うな。本物が怒ると怖いから」と言っていたものです。

本物さんは、いつどこで同人女性がホモという言葉を使うことを知って、彼女たちが怖い思いをするほど怒ったのか?

女性たちが喫茶店などで不用意に会話していたのを小耳にはさんで、その場で詰め寄ったものか。それとも、当時すでに女性がゲイタウンへ押しかけて、「あなたもホモですか?」という質問を繰り返していたものか。

それとも、ごく普通にSF漫画ファンのゲイが、男性の同人が描いたSF漫画を求めて即売会を訪れたものでしょうか?

いずれにせよ、ゲイコミュニティは、ある時期から女性の振舞いにクレームするにあたって、人称代名詞の一種として「やおい」という語を使用するようになりました。

彼らがどこでどうやって、その言葉を知り、どのような内容を指示したつもりだったのか。

クレームを受けた側の女性陣は、その語が知られていること自体にびっくり仰天してしまっただけで、そこを確認しなかったらしく、情報はありません。


【男性がBLを読むのは当たり前です。】

常識的に考えれば、男性を主人公にした物語なのだから、男性が読むのは当たり前です。

少女漫画に感情移入できないことを理由に、アジールとしてのBLを弁護しようと思うなら、まずは同性キャラクターが登場する物語を読みたがるほうが自然であることを認めなければなりません。

すなわち、男性がBLを読みたがることを非難することはできません。

議論にのぞむ女性の姿勢が、ひじょうに稚拙だったことを示す、残念な歴史の一幕です。



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