【やおい少女の冤罪。】

  16, 2015 10:42
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ゲイコミュニティからは、1980年代以来、「やおい」と称する創作物、およびその購読者について、繰り返しクレームが発せられてきました。

彼らは、それがいわゆる二次創作という特殊な作品を排他的に示す語とは思わず、女性が男色を主題に創作した作品一般を示すと思ったもののようです。

アメリカ映画界には、マーロン・ブランドの指摘によって「凶暴なインディアン」という定型表現が一斉に姿を消したという歴史があります。

白人が顔を褐色に塗ってコメディを演じるというショーは、公民権運動の中で消滅しました。

ゲイ男性の一部には、そのような徹底的な削除を求める声もあるでしょう。

が、楽しく読んでいるという人がいるのも実情です。クレーム文書にも「書くなとまでは言いませんが」という留保がつけられるものです。

彼らの実質的な主張は「誇張した創作物を真に受けて、興奮した女性が新宿二丁目の店内で騒いで困るので、自粛を呼びかけてほしい」というものでした。

彼らとしても、「表現の自由」との真っ向勝負という構図は避けたのです。ひとえに生活圏の平穏を守りたいだけでした。

これは例えていうと、女性がテレビドラマ『相棒』を観て警視庁へ押しかけ、「右京さんに会わせて~~」と叫ぶようなものです。この場合、ドラマが放映中止されるべきかというと、やっぱりその自称ファン自身が取り押さえられればよいだけの話です。

でも、ストレート側の学者と作家は、なぜか「やおい少女とは誰か」という話を始めてしまいました。


【濡れ衣。】

世界有数のゲイタウンという意味における新宿二丁目とは、おもに夜間ににぎわう繁華街であるはずです。

ゲイ同士が会話を愉しむ場所の多くは「バー」を自称する酒類提供店であるはずです。そこで少女が騒いだという話は、おかしいのです。

未成年者が酒場へ夜遊びに来たということなら、クレーム投書以前に補導してもらってください。本人のためです。

でも、ゲイは「女子中学生が騒ぐ」とか「少女が騒ぐ」とか言っていません。若い女性とは言いましたが、子どもではないのです。

実際には、学者たちと同じ18歳以上の成人女性が酒席のマナーをわきまえなかったという話のはずです。

男性の真似をして、酒の席で絡んだり、説教したり、いやらしい質問をしたりすることを、男女同権と勘違いした人々があったのです。

ゲイ男性は女性にそんなことをしていないにもかかわらず、ストレート男性から受けた仕打ちを言い訳に、江戸のかたきを長崎で取ろうとしたのです。

要するに、成人女性は社会進出と言いながら、社会のルールを守ることができなかったのです。

本当に考えなければならなかったことは「独身を貫く大人の女性の品格」ということでした。

なのに、なぜか話は少女論へ限定されていったのです。



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