【BLとフェミニズム ~学者の本分。】

  19, 2015 09:37
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社会心理学者は実験、文化人類学者はフィールドワークを重視するはずです。

一部のゼミ生、またはメディアによる断片的な報告を鵜呑みにして、「そういう少女はですね」と一家言あるところを見せようとする前に、まず疑ってかかるのが科学者の本分であるはずです。

「変わった漫画を自費出版する少女がいる」

と聞かされたら、何人いるのか、全部で何冊発行されているのか、未成年者の資金はどこから出ているのか、アンケートやフィールドワークを敢行して、数字を出すのが学者の仕事のはずです。

解析結果が存在するなら、各年度における年齢構成をグラフ化できるでしょう。

二十四年組に直接影響されて、1970年代から同人活動を開始した人は、1980年代には成人しています。1980年代から参加したコピーのコピーのコピー組も、1990年代には成人しています。

実際に発行している側は18歳以上の成人であることが分かったならば、成人の創作動機については礼儀正しいインタビューが行われるべきです。

家庭における不幸な事情が確認されたならば、それを暴露して良いのかどうかについても、インタビュイーに許可を求めるのが正道でしょう。

それこそが、女性を尊重することであるはずです。

「少女漫画読者はこうだが、BL読者はこうである」という二項対立を主張するなら、有意差を示す数的証拠が必要なはずです。

なぜ、正しい研究が行われなかったのでしょうか?

断片的な報告を鵜呑みにして、研究対象が「少女」であると信じたから、なめてかかったのです。どうせ子どもだから反論してこないと、たかをくくったのです。

本当は、動機がどうあれ、発行しているのが成人であれば、表現の自由の権利に基づいて、少年愛を書こうが、エロスを書こうが、自費出版しようが問題ありません。

動機を詮索することは、犯罪者あつかいするということであり、それ自体が表現の自由の侵害とも言えます。


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