【ところで、自費出版だけで食っていくとは?】

  22, 2015 10:37
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一ヶ月の生活費を、20万円としてみましょう。半年で120万円です。

自費出版一冊の売値はいくらでしょうか。一万円でしょうか。だったら購読者は120人必要です。

一冊千円なら? 

あなたの作品の前に、1200人のお客様が並んでくださいますか?

幸いにして並んでくださったとしても、一ヶ月分の家賃・光熱費・通信費・食費・税金・国民健康保険税などとして20万円を使い果たしてしまっては老後の貯えが残らないので、本当は2400人のお客様に並んでほしいところです。

年二回の即売イベントで、4800人のお客様から、千円ずつ。

合計480万円の収入を得れば、来年には所得税を納めなければなりません。もともと余裕のない計算なので、来年には生活費と貯金に加えて、その分のお客様にも並んで頂く必要があります。

うまく事が運んで、翌年に500万円を得たとすれば、その翌年の所得税も増額されます。ツイッターで「売れた、売れた」と喜びの報告をすれば、マルサが知るところとなるでしょう。

ところで純文学というのは、基本的には実生活に根ざした、リアリズム重視文芸です。中年になってから、少年少女時代を思い出して、地元に伝わる祭礼行事を題材に小説を書き、受賞するということはあります。

賞金および印税によって臨時収入を得られるでしょうが、生活のために同じ話をもう一度書くというわけには行きません。少年少女時代を生き直して、新しい実生活の記憶を得るということもできません。作家というのは、演奏家とちがって、そこが不便です。永井荷風がこぼした通りです。

いっぽう世の中には、似たような私小説的な作品を何度も書いているのに、ノーベル賞候補という人もいます。異性の人生を調べて、現代の純文学というべき作品を仕上げてしまう人もいます。

もし、あなたが毎年500万円を得るために、書く内容に困って、空想的なポルノグラフィを選ばざるを得なくなったのであれば、あなたは小説家になりたかったのに、村上春樹や田中康夫ほどの才能がなかったのです。

自分が文学だけで食っていけるかどうかは、二十歳くらいまでに見極める必要があります。その年齢なら、まだ資格試験のための勉強などに間に合うからです。

ところで、なぜ小説家になりたいと思ったのでしょうか? なぜ自費出版で収入を得ようとしたのでしょうか?

「文章を書くことよりも、ディスコダンスのほうが得意だったから」ではありませんね?

「ピアノのコンクールに出場するための練習に忙しく、文章を書く暇などないから」でもありませんね?

「リリーフ投手として、ブルペンで集中を高める必要があるから」でもありませんね?

文章を書いて、自費出版することが、自分に向いており、ふさわしい職業だと感じられたからです。

でも、上には上がいたのです。

たとえポルノで食っていくことになり、それを不本意だと感じているとしても、物書きになったのは、好きでその道に入ったと言って良いのです。また、言う他ないのです。

国防・消防・農業・漁業・看護・介護など、肉体的に厳しい労働に従事している人々から「好きで選んだ道だろ」と言われても、返す言葉はないのです。

「収入を得るためだから、好きではない」という二項対立は、成り立たないのです。


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