【吉本隆明 『西行論』】

  30, 2015 09:19
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講談社文芸文庫、1990年2月第一刷。底本は、1987年大和書房刊『吉本隆明全集撰 6』。

なかなか西行が出てこない西行論。

まずは平安後期の宗教事情が概観されるので勉強になります。

しかも西行自身は熱心な学僧というわけではなく、仏教理論にはそんなに詳しくなかったらしい、と来るのです。

吉本自身が西行を理解するために当時の宗教観を知っておく必要があったわけです。

「鳥羽院の中宮」とのことは、後世の物語作家によるフィクションであると一刀両断にしています。気持ち良いです。

伝説が成立していく過程に、おおぜいの名もなき一般人や、名を残さなかった創作家が関わっていたことを根拠なく想定する吉本に、不信よりは温かみを感じます。

叙述はいったん京都から出て、佐藤家の出自と所領にまで眼を配り、当時の武門の心性の異様さと、その武門の論理と貴族の論理の対立が鮮明化した時代であったことを証明するとともに、格別に時めいていたとはいえない武門の若侍が、その主筋を介して鳥羽院のそば近くあって、いろいろと見聞もしてしまえば、自分自身の行く末にもあまり期待が持てない、ほの暗い心情であっただろうことを綿密に検証していきます。

検証というか、正確には状況証拠から推測する他ないわけですが、一歩ずつ外堀を埋めて本丸に迫るスリルが味わえます。

ただし平坦な道のりではないです。アイドルの顔を見に来たつもりで他のブースに立ち寄って、お土産を一杯もらってしまったというようなもので、楽しいのですが、そもそも何の話をしているのだったか、自分のいる位置を論文構成の地図上で見失わないことが重要です。

なお、史料から当時の人心を再現するという手法は、戦後の新しい歴史学によるのだろうと思います。

やっと出家すると(笑)、叙述は一気に西行の内面に踏み込みます。

読者は吉本の目を通じて西行とともに大山の月を眺め、吉野の桜に憑依するのです。

「濡れたような半透明の」と桜の花の描写を重ねるあたりは圧巻です。

いっぽうで西行の歌の特異性を証明するために、万葉集までさかのぼって、月と花にかかわる歌を拾い出し、分類する作業にもおさおさ怠りなく、それに付き合ってきた読者は、知的興奮によって結構に疲労困憊しているので、本当に俗世の塵埃にまみれた都を捨てて、一歩ずつ山道を踏みしめ来たり、花を見上げ、花の香に浸り、やっとここまで辿り着いたと吐息をもらす心地です。

いざや、花のもとにて春死なん。

敗戦を経験して、学生時代の最後には「デカダン」になってしまっていたという吉本には、西行は強く共感できる相手だったのでしょう。

読了した後の脳裏には、月を道連れに「すたすたと」歩み去る西行の墨染めの後姿が残り、吉本はそれを見送るようでもあれば、吉本自身が西行の姿を取って歩み去るようにも思われるのでした。

これは、なるほど実証派の歴史研究家には書けません。詩的にすぎて、学術論文としては提出できません。いっぽうで、歌論というには実証部分が重過ぎるともいえるでしょう。

吉本隆明の作品という他ないものです。

「作品」中には、意地悪じいさん西行と、若き俊英・定家の化かしあいというか、阿吽の呼吸というか、魅力的なエピソードも挙げられていますが、ご両人とも彼らから見れば下々の者というべき吉本の手になるこの労作を読んだら、わが意を得たりという眼で彼を眺めたんだろうな、などという空想も浮かんで参ります。


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