【一部BL女子は言葉足らずか言いすぎなのです。】

  02, 2015 09:42
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「少女が受身の少年に感情移入するのは、性的冒険を味わってみたいが、妊娠するのが怖いからだろう」

なんていう愚かしい分析があったわけです。

なぜ愚かしいかというと、もともと団鬼六のような官能作品においては、何をしても妊娠しないように描かれているからです。

若い女性が性的創作物を購読して、耳年増ぶりを発揮したいのであれば「ふつうの」官能作品を、ふつうの書店で入手するだけで充分です。

学校の制服を着用した未成年者が、ふつうの書店でそれらを購入することがはばかられるから、即売会というところへ向かうのであれば、即売会というところで「ふつうの」官能作品が頒布されれば済んだ話です。

榊原は、そうではなく、「やおい」という創作技法の本質を、女性が「攻め」と呼ばれる男性キャラクターに感情移入して、男性を抱く気分を味わうことであると見抜きました。ここまでは炯眼です。勇気ある主張です。

そもそも世の男女が、男を抱くなんて気持ち悪いことをしたがる女性がいるとは信じられないと思ったことが、やおい論というもののひどく混乱した原因だからです。その混乱に対して、一つの解答を与えた功績は大でしょう。

が、例えば『永遠のゼロ』を読んで、戦闘機を操縦する気分を味わった人は、海軍航空隊員ではありません。恩給はもらえません。

実際にトランスゲイである人々が、一箇所に数十万人も集まって、差別被害を嘆いていると報告されたら?

社会が良心的であればあるほど、受診をすすめたり、カウンセラーを派遣したり、法改正へ向けて国会へ同人代表を招致したり、超党派の議員団が即売会を視察するなどの介入が考えられます。

また、新宿二丁目で行われたといわれるように、自称人権活動家が同人の日常生活にしつこくつきまとって、いわゆるカミングアウトを強制するといった介入も考えられます。

実際には、権利問題をはらむ創作物を楽しんでいるだけです。良くも悪くも、それだけです。

世間の目から隠したい事情はあっても、ひろく世間へ訴えたい人権問題はありません。

即売会の自治と、二次創作をふくむ表現の自由を守ることは、広い意味では人権問題ですが、別の話題です。

したがいまして、介入を防ぐには「わたくしどもは腐っても女です」という必要があります。

するとまた、これを勘違いして「結婚できない女が自虐してるんですよ。自虐することでナンパされることから自分を守ってるんです」と、したり顔で言う人が現れるわけです。

その人自身の心の中に「男女交際しない女はおかしい。結婚しない女は負け犬だ」という偏見があることを示します。

するとまた「わたくし達は負け犬ではありません」と主張する書籍が(2006年頃に)登場したわけです。

それぞれの着眼点は良いのです。以前に言われたことへ反論しているわけで、論理は通っているのです。が、先々の見通しがなく、必要なことを言わないか、余分なことを言ってしまうのです。

前者は、本物のトランスゲイではなく、男子同性愛の“おいしい”ところだけをイメージ利用しているに過ぎないこと。トランスゲイ当事者またはその理解者として、本当の人権運動にかかわるつもりはないこと。

すなわち、あくまで性的マジョリティによる創作行為に過ぎないことを、きちんと言わなかったこと。

後者は「いつまでも結婚にこだわる負け犬よりマシです」とか「オタク男よりマシです」とか言っちゃったことです。

そして最大の問題は「やおいとは何か」という問いに、「二次創作のことである」という本質中の本質を見抜くことができず、女流が男性同士を描くことだと勘違いしたまま話を進めてしまったこと。

また「腐女子とは何か」という問いに、「トランスゲイ説を回避するための方便」という本質を見抜くことができず、結婚できない女という説を鵜呑みにしたまま話を進めてしまったことです。

つまり後にも先にも、「本当にこれでいいのか?」と問い返すちからが弱いのです。

教訓:定義をよくよく確かめてから、議論を始めましょう。


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