【清盛の教訓。】

  04, 2015 09:38
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3年ほど前に「武士の世! 武士の世!」と大騒ぎする大河ドラマがあったわけです。すてきな視聴率が連日のように伝えられました。

太平洋戦争を日本の敗戦に導いたのは、武士です。

指揮官の全員ではありませんけれども、士族出身だったのです。

この国は、新憲法が施行されるまで、士族と平民に区別のある階級社会だったのです。

彼らが戦犯として処刑される日、日本の平民は大挙して巣鴨へ押し寄せ、彼らの身柄を取り戻したわけではありませんでした。

復員船の中では、乾坤一擲を期して(自分ではなく)兵隊の一部が大陸に残るべきであると主張した将校と、「もうたくさんだ」という兵隊の間で大喧嘩が起こり、血の雨が降ったと伝えられます。

平安武士が平安貴族に対して、平等または優越を主張したからといって、現代人がうかうかと感情移入できることではないのです。

表面的なシンパシーが描かれたのは、現代人とは、あの大戦争をからくも生き延びた人々の子孫であるという自覚が低いからです。

将校をぶん殴って帰郷し、闇米を食って命をつないだ若者たちの子孫であるという自覚が低いからです。

外人さんと一緒の気分になって、「サムライ、ジャパン、ビューティフル」と思ってしまったからです。

都会人が異常な満員電車を何時間も我慢して、なけなしの財産をはたいて、東北の米どころで入手した闇米は、都会へ帰り着くと、駅頭で警察官に押収されたそうです。

明治維新で職業としての武士が否定された後で、警察官になったのは、もと武士でした。

一部女性が「萌える」(≒かっこいい)という観点で作品を評価したのも、一理あります。

美術面の努力は別として、物語については、それ以外に評価できる点がないからです。

創作物とはおそろしいもので、軽い気持ちで取り組んだつもりでも、作家自身が歴史を、人生を、どのように捉えているかが露見するのです。

本当の清盛は、政治活動にも、戦争(内戦)に参加することにも、あんまり乗り気ではない人だったはずです。

保元の乱関係者と距離を置いていたからこそ、平治の乱が起きたのです。彼が本気で「信西どのに仇なす者には、六波羅がお相手いたす」と凄んでみせれば、乱は起きなかったのです。たぶん。

まして、玉体に向かって白刃をかざすはずはございません。それでは自分から「内戦おっぱじめようぜ!」と言ったことになります。

実際には、彼は「内戦より貿易のほうがいいや」と見切った人でした。宮中の仕切りは嫁さんに任せておいて、大陸へも出兵するのではなく、日本の地下資源を送って、最新の製品を得たのです。

当時の意識として、もちろん大陸(の政府)が宗主国であり、こちらは属国です。というか、属州です。支配圏の一部です。

女性と協力するいっぽうで、属州が中央に対して対等を主張し、名産品で勝負する。こういうふうに考えれば、たいへん現代的なテーマです。

また金融の混乱(≒宋銭の流入)によって貴族の没落が起きたという説を取り入れるならば、マネーゲームで自分だけ得をするのは良いことなのか? という、別の現代的かつ倫理的なテーマも立てられますし、もっと巨視的に「歴史の転換をもたらした」ということもできます。

敗戦国の国営放送が、武士であるかどうかを超えたところで勝負をかけた人を描こうとしたのに、サムライジャパンのイメージに溺れちゃったので、果たせなかったのです。



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