【好きだった漫画を悪しざまに言うタイプ。】

  11, 2015 10:35
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今でいうボーイズラブ表現の含まれる漫画を、市販された雑誌上で読んで夢中になり、他の人から「そういうの“やおい”っていうんだよ」と間違った知識を与えられ、さらに「興味があるなら同人誌即売会へ行ってみない?」と誘われ……

そこでまた「自分でも書いてみない?」と誘われて、勉学をおろそかにした結果、人生が変わってしまった。

だから自分の現状は「白泉社のせいだ」という恨みを抱いている。

また、同人界にも恨みを抱いているので、お金に絡んだ悪い話ばかり暴露したがる。

さらにまた「やおいというのは、母親がトラウマになって結婚できなくなった少女のやることだ」という学説のようなものがあることを知って、「そうだ。うちはもともとお母さんが厳しい人だった」というふうに、自分の人生をさかのぼって学説を適用する。

流されやすいというか、鵜呑みにしやすいというか、そういう人がいる可能性はあるのです。

これを帰納と演繹などとは言うも愚かですが、帰納のほうがまともな調査に基づいておらず、間違っている場合には、その適用も間違っちゃうわけです。

学者の責任は、わりと重大です。

イデオロギーを主張したいあまり、現実をゆがめて捉えることのありませんように。

いわゆるボーイズラブを好む人と、少女漫画を好む人の有意差は、いまだに見つかっておりません。

むしろ少女漫画ファンだったから少女漫画雑誌を買っていたのであって、そこへ1970年代に少年趣味の作品が混入してきたから、それも素直に受け入れたというだけです。

混入してきたのは、歴史・古典・音楽などの学識を高めた女流創作者による自由な表現が、男性編集者によって認められたからであって、女性編集者が独立の出版社を立ち上げたからではなく、この時点でラディカルフェミニズムではありません。

読者のほうは、当時を知る人の多くが「両方読んだ。どちらも面白かった」と思って、それで終わりにしたはずです。

娯楽の少なかった時代のことですから、せっかく買った雑誌を半分しか読まなかったなんてことは、考えにくいのです。

一例を挙げれば、竹宮恵子の描いたジルベールという少年と、ニナという少女を両方可愛いと思った人は多いでしょうし、今なお大島弓子の描いた少年と、少女の姿をした猫である「ちびねこ」の両方を可愛いと思っている人も、たいへん多いはずです。

市販BLを気に入ったからといって、同人誌即売会へ行く必要もなければ、出展側にならなければならないと決まってもおりません。

女権については、若い女性が「嫁に行けば苦労する」と分かっていて、見合いの話を受けたがらない現象は、明治時代から確認されます。

また、女性による男女同権の訴えも(岸田俊子によって)明治時代から起きています。

だからといって、当時において、女流作家が「衆道の契り」を描いた創作物は、少なくとも表面化していません。

いっぽうで、鴎外『ヴィタ・セクスアリス』を筆頭に、「男色」への言及が皆無だったわけでもありません。

女性が洋行帰りの軍医閣下に憧れることは充分に考えられ、才に長けた人のなかには「森先生の作品なら(発禁前に)ぜんぶ読んだ」という人もいたかもしれません。

さらに講談社の雑誌『少女クラブ』誌上には、西條八十による「二輪の桜」という詩物語が掲載されました。

上海陸戦隊の活躍をイメージした、戦意高揚作品の一種ですが、たいへん美化されており、少年兵同士の「土嚢の陰で抱いて寝る」という親密ぶりが描かれております。

私の記憶が確かならば、掲載誌は『少年倶楽部』ではありません。『少女クラブ』です。

男性が少年同士を描いて、女性がそれに何となく憧れるという情緒は、ずいぶん古くからあって、だからといってそれを読んだ全ての少女が意に染まぬ結婚によって悲惨な思いをしたとも言い切れません。

本当に元の元までさかのぼってしまうと、特殊性が薄れる。

日本人も一万年もさかのぼれば大陸(の人類)と地続きであるという話と、いくらか似ています。

特殊な事情は、個々人のものです。その人自身の選択の結果です。

遊び仲間を断る権利は、誰にでもあります。立ち止まって将来を考え直す権利も、誰にでもあります。

創作物は、自由に楽しんでよいのです。あれを読んだから、これを読めないなどということはありません。人間の脳は、そんなにせまく出来ていません。

だから、それに流される必要もありません。勉学や勤労と両立することも必ずできます。

いっぽうで、娘が赤軍派や新興宗教に参加しないように、保護者が口やかましく言うのは当然です。それは虐待ではありません。

にもかかわらず自分の意志で参加してしまった挙句に内ゲバで死んだり、テロリストとなって収監される人もいるわけで、参加しなかったあなたは、自分を大事にした人です。



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