言い訳が対応を生むと、かえって困ることもあります。

  14, 2015 10:41
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「やおい」と呼ばれた創作物に関する議論が混乱した原因は、それを「BLであることを意味する言葉だ」と勘違いしたことにあります。

本当は「やおい」と呼ばれた創作物の本質は、二次創作であることです。

同じBLと呼ばれる分類でも、プロが書いたオリジナル作品はそんなふうに呼ばないことから分かります。

だから「なぜこんな気持ち悪いものを書くんだ!?」という疑問の本質は「なぜ俺の好きなキャラクターを勝手に利用するんだ!?」です。

疑問を発する人が女性であっても同様です。彼女は原作ファンの男性におもねっているのではなく、自分自身の好きなキャラクターが性暴力を受けたことにされたくないのです。

これに対して、母親トラウマ説を唱えるなら「傷つけられて育った子どもは、他人のいやがることをしてもよい」という意味を持ちます。

だったら「そういうことを繰り返さないためには、子どもを傷つけずに育てましょう。そうすれば、やおいと呼ばれる創作物は二度と生まれてこなくなります」という取引を持ちかけたことになります。

だったら、社会は「女性手帳を配布して、母親になる前の若い女性をよく教育しましょう。女性は正しい心で生活し、育児に全責任を持ちましょう。即売会は閉鎖が望ましいです」と呼びかけることになります。

それが、フェミニズムが社会に望んだ対応ということになります。

そういう話になることを避けるために、本当は二次創作であることに気づいていながら黙っていたというなら、学者の態度として不適切です。

なんとなく世間の皆さんがBLのことだと思っているから、自分もそうだと思って、よく確認しなかったというのであれば、同様に不適切です。


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